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入学
高校1年、4月。
真新しい制服に身を包み入学式へ向かうも、純平はそれほど新鮮な気持ちにはなれなかった。
なぜなら、周りにいる同級生達は全員、中学校から同じメンツばかりだったからだ。
ただ、学ぶための校舎と制服が変わっただけ。純平はその頃、ひどく冷めた気持ちで入学式に臨んでいた。
入学式の後、1年3組の教室に入る。
座るのは出席番号順で、純平は窓際から2列目の一番後ろの席だった。
純平の隣、窓際の一番後ろの席には、吉田がいた。
「なぁなぁ聞いたか?」
吉田に話しかけられて、純平は片肘をつきながら「なにが?」と気だるげに返事をする。
「このクラスに、東京から女の子が1人入学するらしいって」
「東京から?」
「そう、珍しいよな。可愛い子かな?」
「なんだよ、結局それか」
「当たり前だろ。他の女子なんてガキの頃から知ってるし、今さらそんな気にならんだろ。それに比べて東京からってなると・・・・・・」
吉田が下世話な話をしていると、クラスにざわめきが起こった。それに気づいた純平と吉田も、一緒になって教室の入り口に注目する。
そこには、港町には似つかわしくないくらい肌が白く透明で、凛とした佇まいの美しいという表現がぴったりの女の子が立っていた。
その女の子はクラス中の注目を浴びているにもかかわらず、まるで周りが見えていないかのように教室の中へ入ると、純平が座る席に向けて歩いてきた。そして純平の前で立ち止まると、純平に軽く会釈をし、純平の前の席に座る。
それが純平と梓が顔を合わせて出会った瞬間だった。
純平の梓に対する印象は『きれいだけど、冷たそうな子』という他なかった。
同級生とは思えないほど落ち着いていて、なににもブレない芯の強さを秘めているような印象の梓に、純平はそう思わざるを得なかった。
それから担任の先生が教室に入ってくると、クラス全員が一旦梓のことを置いといて、担任の話に耳を傾ける。
「それじゃあ、早速だけど自己紹介をしてもらおうかな」
担任の鈴木先生がそう言うと、今度はクラス全員から「え――っ」となぜかブーイングが起こる。
「せんせーっ、みんな名前知ってるし、今さら必要ありませーん!」
そう言うのは、クラスの中でも一番目立つ存在の山脇佳貴だった。
しかし鈴木先生は、その意見を却下した。
「お前は知っていても、お前を知らない人がいるかもしれないし、相手の名前を忘れた人もいるかもしれないだろ。自分のことばかり考えるんじゃない」
鈴木先生にそこまで言われて、クラスのみんなは梓の存在を思い出す。梓がいなければ、自己紹介なんて必要ないくらい、みんなお互いの名前は把握していた。
しかし、東京から移住してきた梓にしてみれば、このクラスの全員と初対面だった。
そのことに気づいたクラスの連中は、鈴木先生の言う通り、自己紹介をし始めた。
そして梓の番になると、ガタっと椅子を引いて立ち上がる梓に、全員が注目する。みんな、いまだ声を発していない梓に興味津々だった。
「東京から来ました、遠山梓です。よろしくお願いします」
梓は注目を浴びているにもかかわらず、臆することなくそのたった一言を堂々と言い切った。そのあまりにもまっすぐな梓が放つ雰囲気に、クラス全員が飲まれそうになっていた。
ただ一人純平だけは、遠山梓と聞いて過去のことを思い出す。
「あの遠山梓・・・・・・?」
純平が知っている遠山梓なら、なぜここにいるのかわからなかった。同姓同名かとも思ったが、後ろ姿でよくわからなかった。
純平が知っている遠山梓の顔は、横顔だけだったからだ。
「純平、お前のクラスに東京からすっごい美人が来たんだってな」
入学式後の教室でのホームルームが終わり、学校帰りに橋本に声を掛けられた。
梓の話はその日であっという間に広がったようで、橋本も梓に興味を持ったうちの1人だった。
「ああ・・・俺のすぐ目の前の席だよ」
「そうなのか⁉・・・なぁ、仲良くなったら紹介してくれよ」
橋本は何を期待しているのか、純平にそんなことを頼んできた。
「仲良く・・・はなれないかな」
「なんでだよ?」
「なんかあの人・・・人と壁を作っているみたいだから、難しいと思う」
純平は後ろの席から梓の様子を見ていて、直感的にそう感じてしまった。
誰のことも寄せ付けない雰囲気、誰にも踏み込ませない境界線、それを梓からひしひしと感じていた。
その翌日。クラスの男子も女子も、どうにか梓と仲良くなりたくて、休み時間の度に話しかけに来ていた。
しかし梓はそれに何一つとして応えることはなかった。
純平が梓を見た瞬間から感じていた、誰のことも寄せ付けない雰囲気と踏み込まない、踏み込ませない境界線は、日を追うごとに色濃くなっていった。
梓に話しかけて玉砕するクラスメイト達を見る度に、純平は(そっとしといたらいいのに)と冷めた視線を送っていた。
梓自身が他人と関わり合いたくないと態度に出しているのだから、無理に関わる必要はないだろうとさえ思っていた。
たぶんこのクラスで誰よりも梓の近くにいる純平が、誰よりも梓と関りを持とうとしなかった。
そして学校生活を続けていくうちに、自分の目の前にいる遠山梓は、自分が知っている遠山梓で間違いないと確信した。
純平と梓の高校生活は、こんな風に始まった。
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