嫉妬

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嫉妬

「純平、その人誰?彼女?」  柚季は、純平が自分以外の女の子といるのを見たことがなかったので、ひどく動揺し、そして激しく嫉妬した。 「ああ、この人は遠山梓。俺と同じ高校のクラスメイトで、日曜のレッスンに通っているんだよ」  柚季の気持ちに全く気が付いていない純平は、何でもないことのように普通に梓を紹介する。 「あ・・・初めまして、遠山梓です・・・」  梓は梓で、柚季の敵意むき出しの視線に怯えていた。 「こら!柚季っ。レッスンが終わったなら早く帰りなさいっ。純平、梓、今日は二人の二重奏のレッスンするから、レッスン室で調弦して待ってなさい」  レッスン室から出てきた花純に声を掛けられた三人は、それぞれ言う通りに動き始めた。  柚季は、レッスン室に入っていく純平と梓の背中をいつまでも見ていた。 「純平くん、さっきの子って純平くんの彼女?」  梓は、柚季に向けられた嫉妬の目線を感じて、純平に確認しようと思った。 「そんなわけないだろ。それに、放課後とか夏休みに入ってからはほとんど毎日、梓と練習してるだろ?もし仮に彼女がいたら、そんなことしないよ」 「そっか・・・そうだよね・・・」    純平に、ほぼ強制的にアンサンブルコンクールに出場することを打診した梓は、もし柚季が彼女だったら申し訳ないことをしたと思ったが、純平が否定したのでそこは安心した。  そうすると、柚季の片思いであるという事なんだが、純平の様子を見るに、柚季の想いに全く気付いていないこともわかってしまった。  片山柚季は純平より一年遅く、このバイオリン教室に通い始めた。  二人は住んでいるところや、学校こそ違うものの、同級生で幼いころから二人で切磋琢磨して腕を上げてきていた。  そんな柚季が純平に恋心を抱いたのは、純平が初優勝した全日本コンクールでの姿を見た時だった。  いつも一緒に練習していた男の子が、コンクールで優勝して表彰されているのを見て、自分の恋心に気が付いたのだ。それから柚季は純平一筋で、毎週土曜日のレッスン日に、純平に会えることが楽しみだった。  でも、純平が柚季の気持ちに気づくことは全くなかった。受付の田辺や花純ですら気づいているのに、純平は気づくどころか、自分のことを異性として意識することもなかった。  そこで純平にデートの賭けを持ちかけて、それに勝って正々堂々と告白しようと思って頑張っているのだ。  なのに今日、純平の隣に見知らぬ女が座っていて、しかもかなり可愛い子で、思わず嫉妬心むき出しになってしまった。花純が止めなかったら、もっと醜い姿を純平に見せてしまったかもしれない。  柚季はそうならなくて良かったと思うと同時に、遠山梓の名前に聞き覚えがあった。でもそれを、いつどこで聞いたか思い出せずにいた。  そして純平は、最後の最後まで柚季の想いに気づくことはなかった。  それはなぜか。    一週間後に行われたコンクールで、純平は見事優勝し、柚季は3位だったからだ。  梓がこのコンクールに出ていたら、また結果は違ったかもしれないが、それでも純平は優勝したことには素直に喜んだ。  逆に柚季は、あんなに努力して純平に勝ちたい、勝って告白する!と息巻いていたのに、3位という結果が受け入れられず、それからバイオリン教室に来なくなってしまった。 🎻 🎻 🎻  高校1年の時のことを思い出しているうちに、いつの間にか寝てしまっていた純平は、部屋のドアをノックする音で目を覚ます。 「じゅんぺーあさだよーおっきしてー」  ドアの前で姪っ子の雫が純平を起こしに来たようで、ずっとゴンゴンとドアを叩いている。純平はまだ半分寝ぼけた状態で起き上がり、ドアを開ける。 「雫、もうちょっと寝かせて・・・」 「ダメっ!はやくおっきしないとママにペンペンされるよっ」  ペンペンされるのはお前だろ・・・と思いながらも、仕方なく純平は起きることにした。  雫を抱っこして階段を下りてダイニングに行くと、同じように眠たそうな顔をした父親と、機嫌を直した母親と姉が朝食を食べようとしていた。 「ママ―!じゅんぺーおっきしたよー」 「おおっ、雫えらいねー」  雫は純平の腕から、今度は祖父である純平の父親の膝に乗っかっていった。 膝の上で暴れる雫だが、父親は孫には甘く、それにじっと耐えていた。  純平も父親も朝が弱く、二人とも寝起きが悪い。なので、純平が学生の頃、姉の杏子がまだ学生で一緒に住んでいた時は、よく起こしてもらっていた。  その寝起きの悪さは、いまも変わらなかった。  母親が作った味噌汁を飲んでいると、少しずつ目が覚めてきた。それは父親も同じだったようで、やっと雫が暴れていることに「雫、痛いからヤメて」と今さらな抵抗をしていた。  それから朝食を済ませた後、姉と雫はリビングで朝の教育番組を見ていて、母親は食器を洗っている。純平と父親はダイニングテーブルで、二人でお茶を啜っていた。 「そういえば純平、昨日錨に行ったら、橋本くんたちと会ったんだがお前はいなかったな。別々だったのか?」  父親に突然そんなことを言われて、純平は驚いた。でも、この小さな町で飲めるところといえば限られた店しかないので、そうなってもおかしくないなと思った。 「やだ純平。あんた昨日、橋本くんたちと一緒って言ってたじゃない。誰とどこに行ってたのよ?」  父親の話を聞いて、母親も便乗してきた。 「別に、橋本たちと一緒だったよ。途中で俺が帰っただけ」 「その割には遅かったじゃない」  母親は何を期待しているのか、純平にしつこく聞いてくる。純平はそれを鬱陶しく思いながらも、変な期待をさせるのもイヤなので正直に話した。 「店を出た後、ひとりで散歩してたんだよ」 「散歩?どこに?」 「・・・・・・高台の公園」  それを聞くと、父親も母親も黙ってしまった。  高校時代、純平がその公園で梓と一緒にバイオリンの練習をしていたことは、家族だけではなく、橋本たち高校の同級生のほとんどが知っていた。 「懐かしくてそこに行ったんだ。ただそれだけだよ」 「そう・・・・・・」  母親はそれ以上何も言わなかった。父親も。  純平はそれがとても有り難かった。 _____________________________________________________  読んでくださった皆さまへ おもしろい、続きが気になるなど、この作品が気に入っていただけましたら、ぜひ一番下の「スターで応援」をポチっと押していただけるとありがたいです! 本棚へ追加していただけると、なお嬉しいです。 皆さまからのスター&ペコメ&スタンプが創作活動の励みになりますので、ぜひ応援よろしくお願いいたします。
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