イラストと僕。

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イラストと僕。

 凡人、無才、そんな言葉が僕には似合うと思う。 「こんな簡単なこともできねーのかよ」 「っち、使えねーやつ」  疎まれ、蔑まれる日々にもいつしか慣れ、自分の身の丈にあった生き方をしようと心に決めて灰色な日常を毎日過ごした。そして二十歳を越えたある日、いつものように特に目的もなく町を歩く。人の雑踏が自分もその一部にしてくれるような気がしたから―――。 「ねえ、キミ。可愛いイラストの展示をそこでやってるんだけど見ていかない? …………そこで展示会してまーす! 誰でもいいので見に来てください!」  その日は駅前でチラシを持ったお姉さんが展示会の客引きをしていた。だが、誰も足を止めない、話を聞かない。お姉さんがそこにいるのにいないものとして扱っている。その横を僕も同じように通り過ぎようとして―――、ぐしゃりと路上に落ちていた紙を踏んで足を止めた。 「あ、―――っ」  一応、踏みつけ物を確認しようと手に取るとそれはお姉さんが配っているビラの1枚だった。恐らく誰かが受け取ってそのまますぐに捨てたのだろう。  ぐしゃぐしゃで、何人もの人に踏まれて足跡で汚れたそのビラはまるで僕自身のように感じた。 「あ、あの! すみません!」 「―――え? 私?」  勇気を出して声をだすと、呼びかけに必死で自分が声を掛けられるとも思っていなかったお姉さんは困惑しながら振り返り僕を観察する。大手アパレルショップで買った服に身を包み、髪も染めてない普通としか言いようのない見た目の僕はカモに見えたかもしれない。 「はい。展示会、そこでやってるんですよね? お邪魔しても大丈夫ですか?」 「あ、はい。大丈夫ですよ。案内しますね」  落ち着きを取り戻し、僕を店内へと案内してくれる。自分から話しかけてはみたが、イラストを高額で売り受けるあくどい店があると聞いたことがある。ここもそういうところなのだろうかと一応は身構える。 「そういえばアニメとかって見ます?」 「え? はい、見ますけど……」 「―――で、このイラストはあの有名なTVアニメの原作小説でイラストを描かれてた方の作品なんですよ。どうです? 可愛いでしょ」 「……可愛いです。そのアニメは見てましたけど全然雰囲気違いますね」  そこには僕が知らない世界が広がっていて、とてもキラキラして見えた。気付いたら夢中で話を聞いていた。版画は全てが一点モノで愛着が沸くから気に入ったのがあれば買わないかと聞かれたが、値段を見て全力で遠慮させてもらった。 「―――これ、凄く高いですけど普通のイラストですよね?」 「あー、そう言われるとそうなんですけど。これは複製原画っていう商品で、とても高価なデジタルイラストを印刷する専用の機械を使って凄く綺麗に印刷したものなんですよ。初めて見る人は見比べないとまったくわからないですよね」  そう言われてじっくりとイラストを見ると、このイラストを描いた時に込められた想いとかが感じられた気がした。手書きじゃないデジタルの、それでも複製できるものなのに―――。 「今日はありがとうございました。このポストカードだけですけど買わせてもらいますね」 「あ、それ気に入ってくれたんですね。ありがとうございます」  300円で売られていたポストカードを手に取りお金を渡すと嬉しそうに受け取ってくれた。このイラストは僕も踏んだボロボロになったビラに描かれてたものだ。けれど、確かに僕に届いたそれに運命を感じた。  ―――それからはいいなと思えるイラストをデジタル、印刷物問わずにどんどん収集してコレクションしていった。商品としてイラストが売られているというのは、誰かに見てもらいたいのだ。価値を認めて欲しいのだ。印刷の精度が高い複製原画や世界に一つしかない生原画とも違う、人から見たら価値なんてないだろうそれは街頭で貰うビラと同じようなものだろう。 「―――だけど、自分を見てくれと願って生きるのも悪くないかもね」   1枚のイラストに出会い世界が変わった。今は誰からも認められず期待されていなくても、いつか僕も誰かに価値を認めてもらえるように頑張ろうと思った。 「いらっしゃいませー。あ、キミー! 新作のイラスト飾ってあるからあとで紹介してあげるね。まあ、どうせポスカしか買ってくれないだろうけどさ」 「そんなこと言われてもけっこうなお値段ですよね? ほいほい買えませんよ。―――けど、運命を感じたら複製原画や生原画も買ってみたいです。その時は扱い方とか教えてくださいね」  ―――今日も僕はあの店に足を運ぶ。
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