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 山手川明菜は昔から感情表現をするのが苦手だった。思考するのが他の人よりもワンテンポ遅く、かつ通りにくい声をしているせいで彼女が引っ込み思案になるのには時間は掛からなかった。小学生の頃、引っ込み思案で内気だった明菜は、揶揄いの標的にされた。何も言い返さないからと、好き勝手に言われた。引きこもりになるまで時間は掛からなかった。  そんな時に出会ったのが、ゲームだ。FPS。それで銃を撃って敵を倒して、日々の鬱憤を晴らした。思考スピードや声の通りは悪いものの、反射神経が異常に良かった明菜は、FPSでは毎回マッチでチーム上位を取れていた。彼女がそこに居場所を見出すまで時間は掛からなかった。  それからいくつかのFPSチームを経て、桜と出会った。彼女は明るく、会話をリードしてくれた。周囲に気を配れる優しさもあって、居心地が良かった。もっと一緒にプレイしたいと思った。そして二人でプレイしていたのが三人となり、四人となり、最終的には五人となった。  固定メンツが出来上がったが、みな明菜にとって接しやすい人たちだった。その頃はまだ、ユウとつかさがゲーム内チャットでの会話だったが、それでも居心地が良かった。この人たちが男の子だったら、確実に惚れているところだったと、明菜は思うようになっていた。  高校二年生になった明菜は、そこらの平均的な女子高生と同じくらい男性に興味を持ち始めていた。デートをしてみたい、エッチをしてみたい、愛されたい、愛したい、そんな欲求がなかったと言えば嘘になる。ゲームも楽しかったが、そう言った恋愛にも多分に興味を示していたのだ。  人が書いた恋愛小説を読み漁った。特に、女子だと思っていたら男子だったというファンタジー溢れるラブコメ作品が明菜はお気に入りだった。しかし、そんなことは現実にはあり得ないことは分かっている。それでも、そう言った空想をして明菜は鬱屈とした欲望を解消していた。 「ねえ、明菜。明菜は週に何回マスターベーションするの?」  ある日、ボイチャで桜がそんな話題を出した。異性のいない環境でこう言った話題が出るのはごく自然だと言えた。まあ最近は十五になったばかりのつかさがいたから抑えていたが、とうとう桜が抑えきれなくなったらしい。 「……十回くらい」 「おおっ、多いね。私でも週七が限度だよ〜」  明菜の言葉に桜が感心そうに言う。 「私はもう少し少ないかな〜。学校とかバイトとかで忙しいから、週五が限界」 「えー、皆さん少なくないですか? 私は十四回はしますよ」  智代とつかさもそう会話に混ざってくる。下品な会話だと分かっていても、自分の性欲ってどのくらいの立ち位置なのかってのはちょっと気になってしまうところだった。どうやら自分は少し人よりも性欲が強いらしいことを、みんなの話を聞いてようやく悟った。明菜は少し恥ずかしくなった。 「そういえばユウさんってどのくらいするんでしょうね?」 「んー、彼女、メチャクチャ清楚そうじゃない?」 「確かに全く恋愛とかに興味なさそうですよね。ゲームゲームゲームって感じがします」  つかさと智代がそんな会話を始める。確かにユウからは一切恋愛欲のようなものを感じなかった。 「でもそれってチャットだからじゃないかなっ? 流石にあると思うよ〜」  二人の会話に桜がそう言った。それには明菜も同意だった。同意しつつも、心のどこかでは本当に興味ないのではないかと思っている自分もいた。 「でもそろそろユウさんも十五歳ですもんね」 「そうだね! そろそろボイチャに全員が揃うね!」  そう。一週間後にはユウの誕生日が来る。そこでようやくSNSが解禁されるのだ。彼女がどんな声をしていて、どんな喋り方をしていて、どんなことを普段から考えているのか、かなり気になっていた。チャットからはゲームのことばかりしか考えておらず、朝昼晩、ずっとゲームを意識しているような生活を送っていることが予想された。しかしそんな人間いるのかというのが、明菜の考えだった。  むっつりの明菜は性欲なんて当然全員にあるものだと思っていたし、ユウも恥ずかしがって言わないだけだと思っていた。ボイチャに来たら根掘り葉掘り聞いてみたいと思っていた。どんな人がタイプなのかとか、どんなモノを見てマスターベーションをしているのかとか、そんな諸々を聞いてみようと思っていた。  何故明菜がそこまでユウの趣味を気にするのか。これにはちょっとした訳があった。とある日、他の三人がそれぞれ用事があってユウと二人きりでゲームをすることになった。この三人の中で引きこもりなのは明菜とユウの二人だ。朝から一緒にゲームをしていたときに、ふとこんな話題になった。  ——どんなアニメが好き?  そこで明菜とユウが挙げたアニメが同じだったのだ。新世代ヤバリオンというロボット風SFアニメで、アングラで陰鬱とした作品だった。人を選ぶアニメだったから、趣味が同じで盛り上がってしまった。しかもユウは何故かメチャクチャ詳しくて、明菜の知らない裏話まで教えてくれた。  そんな会話をしていて、明菜はふと思ってしまったのだ。実はユウが男の子だったら、と。普通に考えればあり得ない話なのだが、性欲を持て余した女子高生の妄想は止まらない。一度走り出したら最後、ちょっとユウのことを意識するようになっていた。  だがユウだって女の子だろうし、彼女が明菜に意識されていると知ったらドン引きされるかもしれない。そう思って明菜はその感情をひた隠していた。というより、無理やり抑えつけようとしていたのだ。しかし抑えつければつけるほど、意識してしまうのが人間の常。徐々に明菜は自ら沼に嵌まっていった。  ユウと話のが楽しい。もっとユウのことを知りたい。その感情は抑え切れなくなっていた。しかし、彼女が女子だということを自分に言い聞かせることで、何とか自我を保っていたのだ。まあ、男子の数が少ない昨今、女子同士で恋愛する人もかなり増えてきている。別に違和感のあることじゃない。だが、明菜は自分の性的対象が男子であることは間違いないことだと思っていた。そう言った女性同士の恋愛を否定するつもりはないが、自分は違うなと思っていたのだ。  その、最後の砦も簡単に破壊されるのだが。  そう——ユウが男子だったと発覚したのだ。  明菜のユウに対する、女子だからと歯止めを効かせていた感情が爆発した。男子だったら、遠慮なんていらなかった。彼に恋をするのの何がおかしいのだろうか。普通のことだ。明菜はユウを必ず手に入れると心に誓った。  まあとりあえず……ユウの声を録音したデータをエンドレスで聞きながら、明菜はその日の晩、ユウのことを一心に想いながらマスターベーションをした。そのせいでユウに対する余計に恋心が更に爆発してしまったことは、一生の不覚だったと、明菜は後になってそう思うのだった。
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