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「う〜ん、どうしよう……」  俺は今、一つのパンフレットの前で腕を組んで悩んでいた。中学の文化祭のパンフレットだ。先ほど担任の先生がうちに届けに来てくれた。俺が不登校になったのは完全に自分本位な理由だ。ゲームがしたいから、というだけで学校をサボっている。それなのに届けに来てくれて申し訳がなく、文化祭くらい顔を出した方が良いのではないか、と考えているのが一つ、そしてもう一つは、うちのクラスで大格闘ファイティングシスターズの大会を開くみたいだ、ということだった。  大格闘ファイティングシスターズ(通称ファイシス)とはその名の通り、最大四人まで参加可能なファミリー用の格ゲーのことである。俺はこれもなかなかにやり込んでいた。だからちょっと出てみたい、ってのもある。流石に三年間、一度も学校に行かずゲームをし続けるのも良くないよな、うん。俺は心を決めるとリビングに降りていって、食器を洗っている母に言った。 「そろそろ学校に行くから」  言うと、ピシリと母が固まった。ガチャンと皿がシンクに落ちる。 「……え?」 「そろそろ学校に行こうかなぁ……って。いや、文化祭までだと思うけど」 「え、ええ、ええぇえええええええええええええええええええええええ!」  母は大声を上げて驚いた。その声に釣られた妹の由衣がドタバタと階段を降りてくる。ちなみに姉の玲菜は今は塾に通っている。高校三年生で大学受験が近いからね。 「どうしたの、お母さん!」 「ゆうが、ゆうが、学校に行くって!」 「ええええぇええええ!? どうしちゃったの、お兄ちゃん!?」  そんな驚くことか? ……いや、驚くことか。小学生から高級ニートを嗜んでゲームをし続けていたんだ。そう驚かれるのも無理ないか。 「いや、学校の文化祭でファイシスの大会があるみたいでさ。ちょっと参加してみたいし、ついでに学校も通おうかなって」  俺が言うと、由衣は呆れたような表情になった。 「あ〜あ、せっかくやる気になったと思ったのに、結局ゲームなんだね」 「俺はゲーム以外興味ないからな」 「彼女の一人くらい作れば良いのに。まあ一番は私だけど」 「彼女なんていらないし、由衣はそもそもそんな相手じゃないだろ」  言うとちぇーっと口を尖らせて自分の部屋に戻っていった。やれやれ。 「じゃあ、先生に学校に復帰するって伝えていいのね?」  由衣の背中を見送ると、母がそう聞いてきた。俺はそれに頷く。 「うん、問題ない」 「そう、分かったわ。じゃあ伝えておくから。また何か決まったら伝えるわね」 「はーい」  そうして俺も自分の部屋に戻った。小二からゲームのために不登校になっていた俺は、八年ぶりに学校に行くこととなったのだった。    *** 「ねえ、つかさ。あの噂聞いた?」  朝、学校に着いた高峯つかさを待ち構えていた友人の凜が開口一番そう言った。それにつかさは首を傾げる。 「噂、ですか?」 「そうそう。ほら、うちのクラスに三年間一度も学校に来てない男子がいるでしょ?」 「あー、いますね」  凜の言葉につかさは頷く。 「その男子がとうとう学校に来るらしいのよ。文化祭に参加したいんだって」 「へぇ……何でいきなりそんな話になったんでしょう?」  つかさが言うと、凜は声を低くして耳に口を寄せ、囁くように言った。 「どうやらうちのクラスのファイシスの大会が目当てみたいのよね」 「そんなわけないですよ。男子がゲームなんて、そんな夢物語……」  そこまで言って、つかさはユウのことを思い出していた。男子だと発覚した彼は、相当なゲーマーだ。それこそ自分ですら勝てないくらいには強く、ズブズブにゲームにハマっている。そのことを思い出して、つかさは首を振ってこう言い直した。 「いえ……意外とあり得るのかもしれませんね」 「……なんかつかさ飲み込み早くない?」 「そんなものです。しかしそれも結局は噂なのでしょう?」 「そうだけどさぁ……」  どこかその夢物語を諦めきれない様子の凜。しかしつかさは夢を見ない性格だ。確かに目の前に男子がいれば舞い上がるし嬉しいしテンション上がるし、襲いたくなる衝動に駆られる……が、それは目の前にいれば、の話だ。彼女は夢物語と現実を明確に区別する少しドライな性格なのだった。    ***  それから数日後。つかさが学校に行くとやけに教室の前に人が集まっていて騒がしい気がした。いや、立ち止まってあからさまに中を覗き込んでいるわけではないのだが、無駄に人通りが多いし、みなチラチラ教室内を覗き込んでいるように見えるのだ。不思議に思いながら教室に近づくと、つかさはいきなり首根っこを掴まれた。何だと思って振り返ると、必死な表情の凜が首をブンブンと横に振っていた。 「どうしたのですか?」 「アンタ、死にに行く気?」 「……は?」  凜の真剣な言葉に変な声が漏れるつかさ。何も分かっていないつかさに凜が説明し始めた。 「男子が来てるのよ、男子が」 「男子?」 「前に話したでしょ? あの三年間一度も来ていなかった男子が来たのよ」  そんな馬鹿な、とつかさは思った。しかしそうであれば今の変な状況を全て説明できることにも気がついていた。 「しかも!」 「しかも?」 「それがめちゃくちゃ美少年だったのよ!」 「はあ……? そんな都合のいい話——」 「そんな都合のいい話があるのよ、それが!」  つかさの言葉を遮ってテンション高めでそう言う凜。その様子に意外と本当なのではないかと思い始めるつかさだった。そうとなれば話は別だ。ちょっと覗いてみたい。そして遠くからで良いから愛でたい。その美少年をこの瞳に収めたい。 「というわけで、ちょっとチラッと覗いてみなさい」  凜に言われてつかさは自分の教室をチラリと覗いてみた。そこには愁いを帯びた表情で窓から空を眺める美少年がいた。 「はうっ……」  って、危ない危ない、気絶するところだった。つかさは何とか気を取り直して扉から離れる。 「どう? 凄かったでしょ?」 「ヤバかったです……! はあ……はあ……ペロペロしたい……」 「あっ、マズい。つかさの変なスイッチが入っちゃった」  完全につかさの変態スイッチが入ってしまったようだった。荒い息を吐いて自分の胸を押さえている。こうなったらなかなか収まらないんだよねぇ……と凜はそう思うのだった。    ***  学校に行くとなかなかどうして、注目されていることに気がついていた。みんな俺が視線を向けると荒い息を吐いたり胸を押さえ始めたりする。そんなに俺がキモいのか。まあ、そうよな。八年も引きこもっていたキモオタだし、そう思われても致し方がない気がする。  しかしそれでくじける俺ではない。一度決めたことはやり通す男なのだ。そもそも他人の目なんてあまり気にしないし。他人の目なんて気にしてたら八年間も引きこもりなんてできっこないからな。それよりもファイシスの大会に出る方が重要だ。  俺は一度職員室によって担任の先生に来たことを伝え、自分の教室に行く。ちなみに先生も全員女性だ。男性が極端に少ない世界だからな、当然だな。担任には教室に行くのも心配されたが問題ないと言って断った。そんな手間は掛けさせる訳にはいかない。  そうして教室に言ったのは良いものの、友達なんてもちろんいないので、一人ボンヤリと窓の外を眺めていた。う〜ん、スマホくらい持ってくれば良かった。迷った挙げ句、校則違反だったら嫌だなと思って置いてきてしまったのだ。暇だ。そんな風にボンヤリしていたら担任がやってきて、朝のホームルームが始まった。そしてホームルームの終わり頃、俺に自己紹介して欲しいと話を振られるのだった。
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