第1話 ドラムのオズさん、ベースのマキノ君と出会う。

2/3
前へ
/35ページ
次へ
*  だが何はともあれ、どういう「いろいろ」かは結局さっぱり判らないが、とにかくその翌日、俺は行きつけのスタジオに足を向けていた。  バイトの後に出向いたそのスタジオは、混み合う時間よりはやや前だったせいか、ずいぶんと静かだった。廊下の薄汚れたビニルタイルに張り付くような自分の足音が、露骨に耳に入ってくる。そしていつも使っている部屋の扉を開けた。 「あ?」  いくつかスタジオが入っているそのビルの中で、俺は一瞬自分が場所を間違えたのか、とも思った。扉を開けたら、低い音が耳に届いた。  小柄な制服姿の高校生が、大きな目を俺に向けていた。  俺はあ、すいませんと慌てて扉を閉めようとする。だが中に居た高校生は、その途端ぱっと駆け寄ってきて、その扉を押さえた。 「間違ってないよ」  え、と問い返すと、高校生は続けて言った。 「RINGERのオズさんでしょ?」 「ああ」 「俺も今日の集合に呼ばれてるの。俺、知らない?」  知らない? と問われても。こんな大きな、猫の様な目の奴は。  待てよ、と俺は記憶をひっくり返す。この日「RINGER」のリーダーにしてギタリストのケンショーに呼ばれて集まる予定なのは、ドラムスの俺と、あとは…… 「俺、『SS』でベース弾いてたマキノだけど。覚えてない?」 「ああ……」  自己申告。そう言えば、そうだった。  言われてみれば、あの時、ずいぶん小柄なベーシストが、ずいぶんと凄い演奏をしていたのを思い出した。  だが顔までは記憶していなかった。あの時の打ち上げには、こいつは来なかったはずだし。 「……あ、ごめん、覚えてなかった」 「正直だね」  くすくす、とマキノは笑った。俺もつられて笑った。ややつり上がり気味の大きな目が思いきり細められる様は、何だか実家に置いてきた猫を思い出させた。ああ今どうしているだろう? 「オズさんも今日は一人で来たの?」 「うん? だいたい俺達はばらばらに来るよ?そんな女子高生のようなこと、いちいちするかあ?」 「ま、そうだね。今日はカナイもバイト済ませてから来るって言ってたから、やや遅れるかもしれないよ」 「へえ。バイト…… マキノ君は何かやってるの?」 「俺? うん、一応」  彼は肩を軽くすくめ、言葉をにごした。  そうこうしているうちに、無造作に髪をくくったケンショーがギターをかついでやってきた。  睡眠不足だか何だが知らんが、近眼のくせに眼鏡かける習慣がなくて目つきの悪い奴は、その度合いをパワーアップさせている。 「うーっす」  俺は手を上げて奴に合図する。低音の極地、とでも言いたくなるような声で、奴は同じ台詞を返した。 「ケンショーさん、カナイちょっと遅れるかもしれない」 「……ああ…… あ、お前、マキノ?」  奴は目を細めてマキノを見る。そのくらいすると焦点が合うらしい。いい加減眼鏡をかけろよ、と俺は口には出さずにつぶやく。 「うん。お久しぶりです」  ……あれ? 何となく訝しく思う。俺にはタメ口利いてたはずなのに、ケンショーには敬語か? 「ああそう。じゃ、ま、いいか。奴とは一応、俺達顔合わせできてるから……」  はい、とマキノはにこっと笑った。あ、可愛い。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加