第1話 ドラムのオズさん、ベースのマキノ君と出会う。

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*  さて、この新しいメンバーの二人は仮名井文夫と牧野京介という名だという。この二人はつい最近まで、「S・S」というバンドを組んでいた。  つい最近まで、という但し書きを見れば判るように、現在そのバンドはない。まあはっきり言えば、俺達が壊してしまったようなものだ。  「S・S」は、先月、俺達のバンド「RINGER」が、アクシデントのせいでライヴが出来なくなった時の対バンだった。  さすがにあの時はびっくりした。その当時のうちのヴォーカリストで、ケンショーの恋人でもあった奴が、メジャーの話が来たところで失踪したのだ。  ところが、思ったよりは落ち込まなかった我がバンドのリーダーは、何故かこの対バンの音を聞いて、こともあろうに、向こうのヴォーカリストを入れたい、などと言い出してしまった。  何を考えているんだ、と俺はさすがに思った。  これまでも声に惚れて見境がなくなったことは多々ある奴だが、逃げられたからと言ってすぐに次を見つけてしまうあたりが。  ……てなこと言っているうちに、今度はうちのベーシストが抜けてしまった。これもまたヴォーカル同様、メジャーへ行くことに不安を持ったらしい。  残されてしまった俺達だが、こちらがそうこうしているうちに、S・Sの方でも一波乱あったらしい。  どうもそれはケンショーと、このヴォーカルのカナイの間に何かあったらしいが……  妙なところで口の堅いこのリーダーは、その間にあったことは俺には言わなかった。あんまり聞いても馬に蹴られそうな気もするし。  十分くらいして、カナイもやってきた。  結構時間に遅れることを気にしていたようだ。駅から全力疾走してきたようにはあ」はあと肩で息をついていた。  「遅れてすいませ~ん!」  おおっ、と俺は思わず後ずさりしていた。でかい声だ。強烈な声だ。割れ鐘を威勢良くぶっ叩いた時のような感触が、その中にはあった。 「遅い、カナイ」  くすくす、と笑いながらマキノは友人にそう言った。 「仕方ねーだろ? バイト今日、手がなくて」 「駅前のミスタードーナツだっけ」 「ええ、そうですよ」  お、こっちは俺に対してやや敬語だ。 「そーゆー時は、隙を見て逃走してくるもんだ」 「俺あんたと違って真面目なんだよーだ。この時間、カウンター誰もいなくなっちまうって言うんだからさ、仕方ねーじゃん」  ぬかせ、とケンショーはくくく、と声を押さえて笑った。ありゃ。 「それにしてもマキノは練習熱心だな。確かお前、部屋防音だろ?」 「あ、そーですよ。ピアノあるから。でもやっぱりどーもウチでベース弾いても何か違うって感じが」 「ピアノあるの!」  俺は思わず訊ねていた。あるよぉ、と奴はうなづいた。ありゃ、またタメ口だ。 「弾けるんだ……」 「弾けるなんてものじゃないすよ」  カナイが口をはさむ。 「こいつ、俺と会った頃は、音大志望のばりばりのクラシック野郎だったんだから。一体どう道を誤ってしまったのやら」 「俺を口説き落としたのは一体誰でしたかねー」 「馬鹿やろ、駄目もとだったんだよ」  なるほど、と俺はこの二人の出会った状況を何となく推察していた。  それにしても、そのベースには、見覚えがあった。  高校生が持つにしては、ずいぶんとモノがいい。黒地に、螺鈿の模様が綺麗な曲線を奔放に描いていた。何って言っただろうか?細工の名前までは忘れたけれど、結構いいものだということくらいは俺にだって判る。  それに何処かで見たことがある。そんな気がしていた。だけどそれが何処だったか、俺には思い出せなかった。
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