1人が本棚に入れています
本棚に追加
第2話 高校時代の恋人、そして現在のガールフレンドと
「お久~」
金曜日の夜、紗里は手を振りながらそう言った。同郷の友人は、今日も元気だった。
「どーしたのよオズ、あんたが呼び出すなんて珍しい」
会社帰りらしい。大人しいシャツにタイトスカート、淡い黄色のスカーフ、それにきちんと整えた髪。
オフィスワーク八時間労働した後に、どうしてこうきちんきちんとしているのか、と一度聞いたら、帰る前に洗面所で整えていくのよ、とのこと。最もだ、とその時の俺は思った。
紗里は高校時代の恋人だ。そして現在のガールフレンドだ。この場合、ガールフレンドは必ずしも恋人とイコールではない。そういう部分もあるが、全面的に同じではない。
はっきり言って、高校時代の方が深いお付き合いという奴はしていた。馬鹿みたいに熱病のような感情もあった。
だがそれにピリオドを打ったのは俺だった。
高校を卒業して、上に兄貴が居るのをいいことに、すぐに家出同然に上京してしまった俺は、新幹線で東京に三時間はかかる郷里を出る際、彼女に何一つ言わなかった。
実際、もう会うことがあろうとは思わなかったのだ。
ところが運命の偶然という奴は恐ろしい。
高卒ですぐに地元企業に就職した彼女だが、何やらその生活が性に合わず、半年で辞めてしまったらしい。そして一年経った時に、それこそ一念奮起して、こちらの大学に合格してしまったのだ。
何があったか知らないが、同じ空の下に住むようになってしまった俺達が再会するのには時間がかからなかった。
彼女は当時言ったものである。
もしも俺がまだドラムをやっていたら、自分に黙って行ったことを許してあげる、だけどあきらめてしまっていたら、一発殴って完全に縁を切ろうと思っていた、と。
一度進学をあきらめた後のブランクを埋めたのと同じ根性で彼女はライヴハウスを回り、とうとう俺を見つけだした。
そしてまあ、俺はとりあえず殴られずに済んだ訳だ。
だが昔と全く同じという訳にはいかなかった。
離れていた時間というのはまだ今より若かった俺達には長かった。熱が冷めてしまっていてもおかしくはない。
その代わりに、俺達の間には、妙な連帯感というか友情のようなものが目覚めてしまった。郷里を離れた者同士、というか、同じ土地の記憶を持っている者同士、というか。
この春、彼女は大学を卒業し、他の四年卒女子より一つ上のOLになった。
昨年の夏など、よく俺は彼女の愚痴に付き合ったものだ。就職口がなかなか見つからない、と。一浪コネ無し女子四大卒なんて辛いものよ、とかなりの剣幕でまくしたてていた。
俺は俺で、動員数の伸び悩みとか、腹の立つ「事務所のお誘い」などついて彼女に愚痴ったものである。
そしてお互い、飲み明かした夜明け頃、がんばらなきゃね、と言い合って眠っていた。ただ眠ることも多かったし、そうでない時も時々はあった。
端から見たら、俺達は立派に恋人同士、という奴だろう。だがどちらにも、そういう意識はなかった。拡大解釈された友人。それ以上にもそれ以下にもなりえない。
俺はそう思っていたし、紗里もこう言った。
「きっと数年後にはお互いそれぞれの誰かと一緒に居るんだろうね」
そうだろうな、と俺もその時答えた。
最初のコメントを投稿しよう!