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「で、何?」
「や、どーやら俺の方も、何とかなりそうで」
「と言うと…… 何、メジャーデビュー決まったの?」
決まったというか、と補足するかしないかのうちに、彼女はおめでとー、と大きく両方の肩を叩いた。
「や、まだ、完全に決まった訳じゃないんだけどさ、でも、もう、殆ど決まり」
やったぁ、と紗里はばんばんばん、と今度は俺の両腕をはたいた。実際浮かれてもいい夜だった。
そしてそのまま俺達は彼女の部屋のある方へ向かった。近くのスーパーで買い出しをして、荷物持ちはまあ、俺の分担だ。お互い一人暮らしが長いので、ケンショーの妹ほどの腕はなくとも、食えるものは作ることができる。ものによっては俺の方が美味いものもあるし、その逆もまた然り、だ。
「何にしようね」
野菜や加工肉の冷蔵庫のあたりでうろうろしながら彼女は訊ねる。
「弁当めいてるけどさあ、アスパラのベーコン巻きとか」
「あ、それ面白いなあ。弁当メニューで呑むってのも悪くないね」
「ほんじゃ、これも外せないな」
俺は冷凍食品の棚からカニクリームコロッケを取り出す。
「何か思い出すね、高校ん時の、昼どき。あんたら男子って欠食児童みたいなもんだからさあ」
彼女はかさかさとコロッケのパッケージを振って見せる。
「ああ? あーそーいや」
「あたしは何度おかずを取られたことか!」
そんなこともあったっけ、とうそぶいてみせる。
俺も覚えてはいる。今は今で貧乏ではあるが、当時は今より金が無かった。
何と言っても、ドラマーなどやっていると金がかかるのだ。ついつい昼飯代がスタジオ代に消えてしまうことも珍しくはなかった。
その都度彼女のお弁当から一つ二つとつまんだものである。馬鹿かあんたは、と言いつつも彼女は、御母堂特製の二段重ね弁当の中から分けてくれたものだ。
野菜にベーコン、冷凍食品、カンヅメ、飲み物果物、スナック菓子と言ったものを手慣れた手つきで三つの袋に詰めてぶらぶらと外に出ると、もう完全に夜だった。
「あ」
スーパーからやや歩き出したところで、彼女は足を止め、小さく声を立てた。
「何?」
「悪いオズ、ちょっと駅まで引き返してくんない?」
「いいけど……」
重くて手に食い込みそうなスーパーの袋を俺はちら、と見た。
「本当にごめん!今日で定期切れてたの忘れてたの!」
「明日じゃまずいの?」
「んー……」
彼女はやや不服そうな顔になる。まあいいよ、と俺は来た方向へ歩き出した。彼女には彼女なりの理由というものがあるのだろう。
「怒ってる?」
「ま、お前のことだし、慣れてる」
「悪いなあ」
はははは、と乾いた笑いが耳に届く。俺は荷物を両手にしたまま、肩をすくめた。荷物が重いとそんなことにも力が要るのだが。
「本当に悪いと思ってるなら、腕ふるえよ? 磯部揚げ!」
「判ってる判ってる」
そしてまたばんばん、と彼女は俺の背中を叩くのだ。
どうやら時間制限があったようで、ぎりぎりだったらしい。彼女はスーパーの袋を俺の足元に置くと、駅のサービスセンターへ飛び込んで行った。
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