ただいま

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沈んだ顔を浮かべ、足取りが重い人達と真逆の方向に向かって歩く。通りすがりのクソ野郎どもが酔っ払いを見る目でこちらを見てくる。 「気色悪いしせんむけてんじゃねぇょぉょ」 声に出して警戒する。俺がヒーローなどと誰も思わんだろうな。出勤前なのであろうその辛さはわからんが、辛いのであれば辛いのであろう。どうでもいいが。勝手に働いとけ。ほとんどの記憶を戦いに使ったから覚えていることの方が少ない。酒に変換してたわけじゃねーぞ。 重要な記憶ほど役にたった。こっちにいた時は よく夜勤のバイトに行ったな。 夜勤帰りもこんな気分だった気がする。夜勤はいいな。仕事に際してのコミニケーションが極限まで少ないものが多い。人との会話なんて数えるくらいだ。気持ち悪い奴らと話さなくてすむ。話したいのは女だけだ。別に会話なんかいらんから女をよこせよ。ヒーローだぞ俺は。道行く人を横目に周囲から浮いた行動をとる自分が特別であるかのような気分だった。今日、俺はやっと家に帰ることができる。家の道はなんとなく覚えている。長かった。濃くて太くて厚くて熱かった。近所のおばさんちの犬が吠えてくる。何日も見ていなかったような気がするし、昨日も吠えられたような気がする。また、行ってきますと言うまで、俺は生きているか。時の流れに流されて遠くの星で宇宙の塵として吹き飛んでいくのではないか。一軒一軒の家をよく確認して自分の家まで歩いて行く。間違えちゃ面倒だ。まあどうでもいいがな。日々誰かがその家で生活をしているがそんなのはどうでもいい。どうでもいいというより俺のおかげだろうとも思う。人生を送っているのだから。この電信柱にキスをして酔った勢いでしょんべんでもかけてやろうか。そんな気分だった。世界を救ったんだ。なんだってできる。頭にベルトを巻いて腕にネクタイ、鞄は首からかけて靴は左右を逆にしてペットボトルは口に咥えて手を叩きながら家に向かう。ウェディングロードだ。華やかにいくぜ。ベルトを頭に巻いてるんだ。ズボンが落ちてくる。人を殺したんだ。気にすることはない。血を吸って生きる原動力にしたんだ。気にすることはない。仲間の骨から出汁をとってスープを啜ったんだ。気にすることはない。死体を蹴り上げて埋葬したんだ。気にする方が烏滸がましい。子供が笑ってやがる。うざいな。明るい笑顔は嫌いだ。度肝抜いてやろうか。蝉や蝗を生きたまま口に運んでやるか。 「そこのくそがきどもがぁあぁ」 びっくりして固まるガキが2人。悲鳴が聞きたいなぁ。女もいるじゃねーか。ガキの母親か? いやそんな趣味はねーな。あん時殺せなかったあいつらみたいなツラしてやがるな。まあいい。俺は帰ってきたんだ。帰って来れたはずだ。家に着いた。見るに耐えない落書きの後。覚えのない罵詈雑言に大量の紙切れ。全部燃やしてえぇな。帰ってきた。あの地獄から。人が人を殺す事が賛美されるあの時代から。噛みちぎられた腕と契約に使った肝臓の40%を地獄に置いてきたが。帰ってきた。幸せを目指して日々生きていたここに。妻も子供も親も友達も仕事も金も名誉も力も記憶もないこの時代に。ある意味で神を殺したんだ。そんな恵が許されてたまるか。こっちにきても何もない。わかりきっていた事だ。そんなことは。力の限り生きていたあの地獄の方がマシかもしれない。何かを求めて帰ってきた。手紙が一枚あった。 「「勇敢な俺へ。これから何があるのか俺には分からない。覚悟を決めたお前を誇りに思う。生きて帰ってきたのなら、どうか幸せとはいかずとも生きる希望が持てますように。お前が愛した人はお前のおかげで助かるはずだ。詳細は書けない。すまない。最後に、俺はお前から勇気をもらっている。お前の勇気を信じて行ってくる。全てをかけてくれてありがとう。どうか生きる希望を持って懸命に生きてくれ。俺が帰ってきたら、、、そん時は頼む。」」 地獄でしてきた事を思い起こす。生きる糧にできそうなものは一つもない。だけど、風呂に入って、飯を食って仕事を探そう。込み上げてくるものがあった。記憶はない。愛する人?存在するんか?どんな原動力で動いていたんだ?よくわからない。思い返せば返すほど涙が止まらない。俺は誰でお前も誰だ?あの時代のほうがマシ?そんなわけないだろう。ここには、戦争もテロも殺戮も少ないのだから。 少しでも真っ当に生きようじゃないか。 いつかどこかの俺が帰ってきてもいいように。
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