第10話 疑念の影

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第10話 疑念の影

朝、目を覚ますと、いつもよりも重い疲労感が身体を包んでいた。昨日の出来事がまだ頭にこびりついて離れない。あのとき、背中を押された感触は確かにあった。何かの偶然だと思おうとしても、あまりにも鮮明で、夢と現実が交差する瞬間だった。 ベッドから起き上がり、鏡に映る自分をじっと見つめる。少し青白い顔色が、昨夜の恐怖を物語っている。大丈夫、事故のせいで敏感になっているだけ——自分にそう言い聞かせて、顔を洗いに洗面所へ向かった。 冷たい水が肌に当たると、少しだけ気持ちが落ち着く。だけど、背中の違和感はまだ消えていない。誰かに押されたのか、それともただの錯覚だったのか。思考が巡る中、朝の準備を終えて学校へ向かう。 ++++++++++ 学校に着くと、いつも通りの景色が広がっていた。玲奈が廊下で待っていて、手を振りながら駆け寄ってくる。 「沙耶、おはよう! 昨日、大丈夫だった?」 昨日のことを話すべきか少し迷ったが、玲奈の優しい表情に少しだけ救われた気がして、正直に話すことにした。 「うん……昨日、ちょっと変なことがあったの。夢で見たのと同じように、信号待ちしてたら、誰かに背中を押された気がして……」 玲奈の表情が曇る。「え? それって……本当に誰かいたの?」 「それが、誰もいなかったんだよね……。でも、確かに感じたの。背中を押されたって……」 玲奈は心配そうに私の顔を見つめていた。いつも明るい彼女も、こういうときは冷静に物事を考えるタイプだ。そんな彼女が少し黙り込んでいると、後ろから涼がやって来た。 「何の話?」 玲奈が軽く状況を説明すると、涼はしばらく黙って考え込んでいた。彼の冷静な眼差しが少しだけ心強く感じる。 「それって、本当に誰かがいたんじゃないのか?」 涼がポツリと呟く。 「でも、誰もいなかったんだ……」 そう答える私に、涼は何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込むようにして口をつぐんだ。 玲奈が割って入る。「沙耶、しばらくの間、一人でいるのはやめたほうがいいんじゃない? 私たちがいるし、心配しないで」 「うん、そうだね……ありがとう」 玲奈と涼の言葉に少しだけ安心したものの、心の中に広がる違和感はまだ消えない。もしかしたら、自分が考えすぎなのかもしれない。でも、あの夢と現実のつながりがあまりにも不自然すぎる。 ++++++++++ 授業が始まり、少しずつ日常が戻ってきたように感じる。教科書のページをめくり、黒板の文字を写しながら、頭の片隅で悠斗のことがちらつく。彼に昨夜の出来事を話したら、どう反応するだろう。きっと、「そんなの気のせいだよ」と軽く流されるのが目に見えている。彼の態度はいつも明るくて、私を気遣っているけれど、どこか少し軽いところがある。 昼休み、玲奈と涼と一緒に教室を出た。外の空気を吸うと、少しだけ心が軽くなる。玲奈が楽しそうに新作のカフェの話をしているのを聞きながら、私は無意識にスマホを取り出した。悠斗からのメッセージが届いているかを確認するためだ。 【今日は放課後、ちょっと話そうよ】 彼からの短いメッセージが届いていた。放課後、どんな話をするんだろう。思わず考え込んでしまう。最近、彼との間には微妙な距離感ができているように感じる。彼の態度は優しいけれど、どこか本音が見えない。何かを隠しているような気がしてならなかった。 「沙耶、どうかした?」 玲奈が私の表情を見て声をかけてくる。 「ううん、何でもないよ」 玲奈は少し首をかしげたが、それ以上は何も聞かなかった。彼女もきっと、私が今何かを抱えていることに気づいているのだろう。 ++++++++++ 放課後、悠斗と約束した場所に向かう。学校の近くにある小さな公園で、私たちはよくここで待ち合わせをしていた。公園のベンチに腰掛けて、彼を待っていると、遠くから彼が手を振りながら近づいてくる。 「沙耶、待たせた?」 少しチャラい感じで、笑顔を浮かべながら悠斗が私の前に座る。その軽い雰囲気に、私は少し気持ちが揺れ動く。 「ううん、ちょうど来たところ」 「それなら良かった」 彼はそう言って、ポケットからスマホを取り出した。 「ちょっと見せたいものがあるんだ」 そう言って、彼が画面を私に向けてくる。そこには、私たちが付き合っていた頃の写真が映し出されていた。笑顔で手を繋ぎながら歩いている姿、カフェで一緒にスイーツを楽しんでいる姿。どれも楽しそうで、まるで嘘のように幸せそうな瞬間だった。 「これ、覚えてる?」 私は言葉に詰まった。記憶を失ってから、彼との過去は何も思い出せない。でも、こうして写真を見ると、確かに彼と一緒に過ごしていた時間があったことは事実だ。 「これ、俺たちが付き合ってた頃の写真だよ。沙耶、本当に覚えてない?」 彼は少し寂しそうな表情を見せた。いつも軽い口調の彼が、こうして真剣な顔を見せると、少しだけ罪悪感が胸を締め付ける。 「ごめん……何も思い出せない」 「そっか……でも、無理しなくていいよ。こうして少しずつ思い出してくれたら嬉しい」 悠斗はそう言って、優しく笑った。その笑顔は、まるで昔の彼そのもののように感じた。でも、どこか心の中で違和感が募る。なぜだろう。彼は私に優しくしてくれているのに、どうしてもその優しさを素直に受け入れられない。 「今日はそれだけ伝えたくてさ。また時間があるとき、ゆっくり話そうよ」 彼はそう言って立ち上がり、軽く手を振って去っていった。彼の背中を見送りながら、私は再び心の中に広がる疑念と向き合っていた。彼との過去は、本当にこれでよかったのか? 写真に写る自分は確かに幸せそうだったが、その記憶が戻らない限り、私の中の違和感は消えることはないのだろう。 そして、私は再び、事故の真実と向き合う必要があるのかもしれないと、強く感じ始めていた。
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