第11話 不穏な空気

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第11話 不穏な空気

次の日、学校に着いた途端、何かが違うと感じた。教室の空気がピリピリしていて、ざわつく声が聞こえてくる。廊下に目を向けると、涼と悠斗が何やら言い争いをしていた。普段は冷静な涼が、顔を真っ赤にして悠斗に詰め寄っている。 「お前、何考えてるんだよ!」 涼の怒鳴り声が廊下中に響く。その声のトーンに、普段見たことのない激しい感情がこもっていた。 「別に、お前には関係ないだろ」 悠斗はいつも通りの軽い調子で応じていたが、その目つきはどこか冷ややかだった。悠斗がこんなふうに感情を表に出すのは珍しい。私はその場に立ち尽くして、二人の様子を遠くから見守ることしかできなかった。 他の生徒たちも、何が起こっているのかと興味津々で周囲に集まっていた。涼が再び何か言い放とうとしたその瞬間、玲奈が間に入って二人を引き離した。 「ちょっと、二人ともやめなよ!ここ学校だよ、みんな見てるし、先生が来ちゃうって」 玲奈の言葉で、なんとかその場は収まったものの、涼はまだ納得がいかない表情を浮かべたまま、悠斗を睨みつけていた。悠斗も悠斗で、まるで何事もなかったかのようにクールな態度を保ちながら、その場を去ろうとしていた。 私は心臓がドキドキと高鳴るのを感じながら、勇気を振り絞って悠斗の後を追った。涼と悠斗が何を言い争っていたのか知りたかったし、涼のあの激しい感情がどうして湧き上がったのか気になって仕方がなかった。 「悠斗、ちょっと待って」 彼の後ろから声をかけると、悠斗は足を止めてこちらを振り返った。 「どうしたの、沙耶?」 いつも通りの軽い口調だったが、その目はまだ少しだけ険しさを帯びていた。 「さっき、涼と何か言い合ってたよね。何があったの?」 悠斗は一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの軽い笑顔を作り直した。 「え? ああ、あれね。大したことじゃないよ、ただの誤解ってやつさ」 悠斗は笑ってそう言ったが、どうもその言葉に信憑性が感じられなかった。彼の表情の奥に、何かを隠しているような気配を感じ取った。 「でも、涼はすごく怒ってたよ。あんな涼、見たことない……」 「まあ、あいつが勝手に怒ってただけだよ。本当に心配しなくていい。俺たちのことだから、沙耶には関係ないって」 その言い方が少し気に障った。私が知りたいのは、二人の間に何があったのかだけじゃなく、どうしてそんなに険悪な雰囲気になってしまったのかだ。けれど、悠斗の軽い態度がそれ以上の追及を許さないようだった。 「そう……。でも、本当に何でもないの?」 悠斗はふっと笑って、私の肩を軽く叩いた。「何でもないって。沙耶は気にしなくていいんだよ」 その瞬間、胸の奥で小さな違和感がふと顔を出した。何かがおかしい。悠斗の笑顔はいつも通りなのに、その背後にある何かが私の心をざわつかせる。でも、何が違うのか、その正体を掴むことができなかった。 悠斗はそれ以上何も言わず、軽く手を振ってその場を去っていった。私はその背中をじっと見つめながら、どうしてもその場から動けずにいた。涼の怒り、悠斗の冷静さ、それらの間に存在する何かが私には見えない。けれど、確実に存在していることは感じ取れた。 ++++++++++ その日の昼休み、玲奈が心配そうに声をかけてきた。「沙耶、大丈夫?なんか顔色悪いけど……」 「うん、大丈夫。ただ、さっきの涼と悠斗のことが気になってて」 玲奈は少し表情を曇らせた。「確かに、あの二人があんなふうに言い合ってるのは初めて見たよね……何かあったのかな?」 「悠斗は『大したことじゃない』って言ってたけど、涼はあんなに怒ってたし……」 玲奈はしばらく考え込んだあと、ポツリと口を開いた。「涼に直接聞いてみたら? 涼なら、沙耶には話してくれるかもしれないし」 玲奈の提案に少しだけ勇気をもらった。確かに、涼は私にとって幼馴染で、何でも話してくれる存在だ。彼があんなに怒っていたのには、きっと何か理由があるはずだ。そう考えながら、午後の授業が終わると同時に、私は涼を探しに校内を歩き回った。 ++++++++++ 涼は中庭のベンチに一人で座っていた。いつもの落ち着いた表情に戻っていたが、何か思い詰めている様子が見て取れる。 「涼、ちょっと話せる?」 涼は私の声に気づいて、ゆっくりと顔を上げた。「ああ、沙耶。どうした?」 私はベンチに座りながら、勇気を出して尋ねた。「今日、悠斗と何を言い争ってたの? 何かあったんじゃないの?」 涼は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに苦笑いを浮かべた。「あれか……。いや、別に沙耶には関係ないよ。俺が勝手に怒ってただけだから」 その言葉に、悠斗と同じようなものを感じた。二人とも、私には話せない何かを抱えている。そして、それを隠そうとしている。それが何なのか、ますます気になってしまう。 「でも、あんなに怒ってたじゃない。涼がそんなふうになるの、珍しいよ」 涼はため息をついて、手を髪に通した。「あいつの態度が、ちょっと腹立っただけだよ。何も心配するな。沙耶が気にすることじゃない」 その言葉に、私は少しだけ安堵した。でも、まだ完全に納得できたわけではない。涼も悠斗も、私に何かを隠しているように感じる。それが何なのか、今は知ることができないかもしれない。でも、そのうち、何かがはっきりするはずだという予感が胸に残った。 ++++++++++ その日の帰り道、私は再び悠斗のことを考えていた。彼が私に見せてくれた優しさ、その裏に何かが隠れているのだろうか。涼との言い争い、そして彼の隠された表情。何かが確実に動き始めている。私の記憶の中に残っている不安が、少しずつ形を成していくようだった。
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