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第12話 繋がる違和感
涼との話を終えてからも、心の中には言いようのないもやもやが残っていた。悠斗も涼も、私には「心配するな」と同じような言葉を口にしていた。けれど、その言葉の背後にあるものが何なのか、気になって仕方がない。
授業中、ノートを取る手が止まる。目の前の黒板の文字がぼやけて見えるほど、頭の中では悠斗と涼の言葉がぐるぐると回っていた。涼の怒り、悠斗の冷静さ、そのどちらも私が知っている彼らとは違っていた。
「沙耶、大丈夫? ぼーっとしてるけど」
隣に座っている玲奈が小声で声をかけてきた。
「うん、ごめん。ちょっと考え事してて」
玲奈は心配そうに私を見つめたが、それ以上追及することはなかった。だけど、玲奈の視線が私の中にある違和感を強く意識させた。私は本当に大丈夫なんだろうか? 記憶を失った自分を騙そうとしているかのような感覚が、じわじわと広がっていく。
授業が終わって、教室を出るときにまた悠斗が待っていた。涼とのことが気になって、私は意識的に少し距離を置こうとしていたが、彼のほうから近づいてくるのはいつものことだ。
「沙耶、今日放課後ちょっと時間ある? 久しぶりに二人で出かけない?」
悠斗はにこやかに誘ってきた。彼の笑顔を見ると、私はいつも何となく安心する。けれど、その笑顔の奥に潜んでいるものがあるような気がして、素直に頷くことができなかった。
「うーん、今日はちょっと用事があって……」
悠斗は肩をすくめて、「そっか、じゃあまた今度な」と軽く笑ったが、私にはその言葉が何かを隠しているように思えた。
++++++++++
帰り道、一人で歩きながら考え込む。涼と悠斗の間で何があったのか、そして、なぜ涼があれほどまでに怒っていたのか。悠斗が何か大切なことを隠しているのは間違いない。彼が私に見せている優しさと、その裏に隠された冷たさが、徐々に私の中で形を成していく。
家に帰ると、いつも通りの静けさが私を包んだ。家族はまだ帰ってきておらず、私は一人で夕食を済ませた後、自分の部屋に戻った。机に向かい、ぼんやりとスマホを手に取る。悠斗の言葉が、どうしても頭の中で引っかかっていた。
なんとなく、彼が見せてくれた写真や動画をもう一度見たくなった。スマホのアルバムを開き、悠斗が私に送ってくれた写真や動画のフォルダを開く。そこには、楽しそうに笑っている私と悠斗が映っていた。
見慣れたはずのそれらの映像が、どうしてだか妙に違和感を覚えさせる。笑顔の自分が、どこか他人のように見える。私が知らない自分、記憶の中にはない、けれど確かに存在する私。これが本当に私なのか? それとも、この映像が作り出されたものなのか?
「どうして……」
自分に問いかけても、答えは返ってこない。画面の中の私は笑顔で、悠斗の隣にいる。それが本当に幸せな時間だったのかどうか、今の私は判断できない。ただ、違和感だけが胸の中で膨れ上がっていく。
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その夜、布団に入ってからも眠れず、天井を見つめていた。頭の中では、悠斗とのやりとりが繰り返し再生されていた。涼の怒り、悠斗の優しさ、そして私の心の中に湧き上がる疑問。記憶を失った私にとって、これが現実なのか、それとも作られた幻想なのか、どちらか区別がつかなくなってきていた。
「何かが違う……」
声に出してみても、その違和感の正体は掴めなかった。ただ、私の中には明確に「違う」と感じるものがある。それが何なのか、少しずつ明らかになっていくのかもしれない。
翌日、学校に行くとまた涼が私に声をかけてきた。「沙耶、大丈夫か? なんか元気なさそうに見えるけど」
「うん、ちょっと考え事してて……」
涼は私の顔をじっと見つめ、「なんかあったら言えよ」といつものように言ってくれた。涼に何かを相談したい気持ちはあったけれど、悠斗とのことをどう説明すればいいのか、言葉に詰まってしまう。
「うん、ありがとう」
涼に感謝の気持ちを伝えつつも、結局何も言えなかった。それでも、彼が気にかけてくれていることが、少しだけ心の支えになった気がする。
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放課後、私はまた悠斗と一緒に帰ることになった。何気ない会話を交わしながらも、心の中には違和感が残ったままだ。
「今日はどこか寄っていこうか?」悠斗がそう提案してきたが、私は首を横に振った。「今日はちょっと疲れてて、また今度にするね」
悠斗は少し残念そうに肩を落としながらも、「そっか、じゃあまた今度な」と笑顔で応じた。その瞬間、胸の中に不安が広がる。悠斗は優しい、でもその優しさは本当に私に向けられたものなのか? それとも、何かを隠すためのものなのか?
家に帰る途中、ふと立ち止まって空を見上げた。雲一つない青空が広がっているはずなのに、私の心には暗雲が垂れ込めていた。このまま、悠斗との関係を続けていくことに何か意味があるのか。彼に対する信頼が揺らぎ始めている自分を感じる。
私が知っている悠斗と、今の悠斗。どちらが本当の彼なのか、それが分からなくなってきていた。これがただの私の思い違いなのか、それとももっと大きな真実が隠されているのか。その答えを見つけるためには、もう少し時間が必要なのかもしれない。
違和感を抱えたまま、私は一人、家路を急いだ。
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