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第13話 記憶の隙間
悠斗との時間が過ぎるにつれ、少しずつ日常が戻りつつあった。だが、記憶が戻らないまま、私は彼との関係に何かしらの違和感を抱き続けていた。
ある日の放課後、悠斗が突然話しかけてきた。
「沙耶、最近デートしてなくない? 週末、どっか行こうよ」
私は少し驚いた。デートなんて、記憶を失って以来考えたことがなかったからだ。彼氏彼女の関係とはいえ、何をすればいいのかわからない。だけど、悠斗の提案に反論する気にはなれなかった。
「……うん、いいよ。どこ行くの?」
私は一応応じたものの、内心は戸惑っていた。
「楽しみにしておけよ。サプライズってやつだ」
悠斗はいつもの明るい笑顔を浮かべて、私にウィンクをした。
彼の無邪気な態度に少し救われた気がしたが、その背後に潜む何かを感じ取ったわけではなかった。
++++++++++
週末、待ち合わせ場所に向かうと、悠斗がすでに待っていた。今までの違和感を少し忘れるくらいに、彼は爽やかで、どこか安心できる存在に感じた。
「沙耶、こっち!」
彼が手を振って呼び寄せる。私はその声に応じて駆け寄った。
「どこに行くの?」
私は少し緊張しながら尋ねた。
「内緒って言っただろ? とりあえず行こうぜ!」
彼は私の手を引いて、目的地に向かって歩き出した。
彼が連れて行ったのは、私たちが以前に行ったことのあるというショッピングモール。しかし、私の記憶にはその場所はまったく残っていなかった。悠斗はそんな私に気を使うこともなく、楽しそうにいろんな場所を案内してくれる。
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「ここ、俺たちの思い出の場所だよ」
悠斗が指さす先には、ゲームセンターのクレーンゲームがあった。
「覚えてないよね、きっと。前にここで、俺がぬいぐるみを取ったんだよ。沙耶がすごく喜んでさ」
私は首を傾げながら、その言葉を聞いた。ぬいぐるみの記憶なんてまったくない。でも、悠斗の言葉が嘘には思えなかった。きっと本当にあったことなのだろう。
「ごめんね、覚えてなくて……」
「いいんだよ、無理に思い出さなくても。今はこうして一緒にいられるからさ」
悠斗の言葉は優しかった。それでも私の心には妙な引っかかりがあった。何か大事なものが足りていない。彼が言う「昔の私」と、今の私が違うのではないかという気持ちがどうしても拭えなかったのだ。
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カフェに入り、悠斗が注文してくれたスイーツを前に、私は気持ちを整理しようと試みた。彼はずっと優しいし、私が記憶を失ってからも変わらずに接してくれている。それでも、なぜか心の奥で疑問が芽生え続けていた。
「悠斗、どうしてこんなに優しいの?」
私はふと口をついて出た。
悠斗は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を作った。「何言ってんだよ。沙耶が好きだからに決まってんじゃん」
彼の言葉は真っ直ぐで、優しさに満ちていた。だけど、それは私の心にさらなる疑問を投げかける結果になった。「本当にこれが私たちの関係だったの?」と。
「そうだよね……ありがとう」
私は微笑んで応じたが、その言葉に自分自身で疑問を感じていた。この関係に違和感を覚えているのは私だけなのだろうか? それとも、悠斗もまた何かを隠しているのだろうか?
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帰りの電車の中、悠斗は相変わらず手を握ってくれていた。彼の優しさに包まれながらも、私の心の中にはますます大きな不安が広がっていた。彼が話す「昔の私」に対する思い出と、今の私自身がどこかずれている感覚が消えない。
「今日は楽しかったか?」
悠斗がふと尋ねてきた。
「うん、楽しかったよ」
私はそう答えたが、その言葉はどこかぎこちなく響いた。悠斗はそれを気にせずに微笑んでいたが、私の中ではまたひとつの疑問が生まれていた。
彼は本当に私のことを愛しているのか? それとも、過去の「私」との思い出にしがみついているだけなのだろうか?
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その夜、布団に入りながらも私は眠れなかった。悠斗が完璧な彼氏であることは、誰の目から見ても明らかだ。彼の優しさも嘘ではないはずだ。それでも、私の心はその完璧さに疲れていた。
「悠斗が言う『私』って、本当に今の私なのかな?」
自分の問いに答えることができないまま、私は目を閉じた。頭の中で混乱する思いが、次第に夢の中に溶け込んでいった。そして、その夢の中で私は、過去の「私」を追い求めているような気がした。
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