第15話 疑念の確信

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第15話 疑念の確信

放課後、悠斗と二人で駅前のカフェに座っていた。私たちはよくここに来ていたらしいけど、私にとってはまだ慣れない場所だ。目の前にあるカフェラテの泡が揺れるのを見つめながら、私は自分の中に渦巻く疑問をどう切り出そうか考えていた。 思い切って口を開く。 「悠斗、聞きたいことがあるんだけど……」 悠斗はスマホをいじりながら、軽く「ん?」と返事をした。その態度に、私は一瞬言葉を飲み込みそうになったけれど、今ここで聞かなければならないと思った。 「私たち、事故の前……仲が悪かったんじゃないの?」 その言葉が出た瞬間、悠斗の手が止まった。スマホの画面から目を離して、彼は私をじっと見つめる。 「なんで、そんなこと聞くんだよ?」 悠斗の声には、いつもの軽さがなくなっていた。それが、かえって私の不安を煽る。 「玲奈や涼から聞いたの。最初は仲良しだったけど、途中から喧嘩が絶えなくなったって。私も、なんとなくそんな気がして……」 私は言葉を選びながら、慎重に続けた。悠斗の表情をうかがいながら、彼の反応を見逃さないようにした。 「……どうして、そんなに急に優しくなったの?」 悠斗は深くため息をついた。それから、スマホをテーブルに置き、腕を組んで少しの間黙り込んだ。彼の顔には、どこか苛立ちが見て取れた。 「それ、周りが勝手に言ってるだけだろ」 そう言い放つ悠斗の声は、これまでの優しさとはまるで違っていた。私はその言葉を聞いた瞬間、胸が冷たくなった。 「でも……本当にそうなの? 涼も玲奈も、私が喧嘩ばかりしてたって言ってたよ。私自身、なんとなく違和感があって……」 「違和感? 何が違和感なんだよ?」 悠斗は苛立ちを隠そうともせず、私の言葉を遮った。私はその勢いに少し圧倒されつつも、引き下がるわけにはいかなかった。私の中にある不安と疑念は、もう後戻りできないほど膨らんでいた。 「なんで、そんなに私に優しいの?」 悠斗は一瞬目をそらし、深く息を吸った。そして、少し笑いながら再び私を見つめる。 「そんなの、当たり前だろ? お前が記憶喪失になってからずっと心配してたし、事故の後は俺が支えるって決めたんだ」 その言葉は一見もっともらしい。だが、私の中で何かが引っかかっていた。悠斗が「優しい彼氏」を演じているようにしか見えなかった。 「でも、それだけじゃないでしょ? 本当は、何か隠してるんじゃないの?」 そう言った瞬間、悠斗の表情が固まった。彼の目が、一瞬だけ鋭くなったように見えた。その変化はごく短いものだったが、私にははっきりと感じ取れた。彼が何かを隠しているという確信が、より一層強まった。 「……隠してる? 何をだよ?」 悠斗は笑いながら言ったが、その笑みにはどこか冷たさがあった。 「いや、なんとなく、そう感じるだけ……」 私は言葉を濁したが、悠斗の目からは逃げられなかった。彼の視線は、まるで私の心を見透かしているかのようだった。 「お前、事故のことがショックで混乱してるだけなんだよ。何も気にすることはない。俺がいるから、大丈夫だろ?」 悠斗の言葉は、まるで全てを片付けようとするかのように聞こえた。私はそれに反発したい気持ちを抑えつつ、彼の目を見つめ返した。 「……そうだね」 結局、私はそれ以上何も言えなかった。悠斗の前では、私の疑問も不安も、すべて無意味に思えてしまう。彼の自信に満ちた態度に圧倒され、私の言葉は飲み込まれてしまった。 でも、心の中では確信があった。悠斗は何かを隠している。そして、それは私が知ってはいけないことなのかもしれない。でも、それを知る必要がある。そう感じる自分がいた。 ++++++++++ カフェを出た後、駅へ向かう道すがら、私は黙々と歩いていた。悠斗は隣で何か話しかけてくるが、その言葉は私の耳にはほとんど入ってこなかった。頭の中は、彼との会話でいっぱいだった。 「本当に、私は大丈夫なの?」 自分自身に問いかけても、明確な答えは返ってこない。事故前の私は、悠斗と本当にうまくいっていたのだろうか? 涼や玲奈の話を聞く限り、私たちはもう別れる寸前だった。それがどうして、今のような関係に戻ったのか……。 「沙耶?」 悠斗の声で我に返る。彼はいつものように優しい笑顔を浮かべていた。その笑顔が、どこか作り物に見えるのは私の気のせいなのだろうか。悠斗の真意を知りたいという気持ちと、彼を信じたいという気持ちが交錯する。 「ごめん、ちょっと考え事してた」 「なんだよ、考え事って。俺とのこと?」 「……まあ、そんなところ」 悠斗は笑って私の肩を軽く叩いた。「大丈夫だって。何も気にすることない。俺たちはうまくいってるんだから」 その言葉を聞いて、私はふと感じた。「うまくいってる」って、何を基準に言ってるのだろうか? 記憶がない私は、彼の言う「うまくいってる」をどう受け止めればいいのか分からない。 でも、それ以上悠斗に問い詰める勇気が出なかった。 ++++++++++ 家に帰ると、母さんが夕食の準備をしていた。私は自分の部屋に入ると、そのままベッドに横になり、天井を見つめた。頭の中で、今日の出来事が何度もリフレインする。 「隠してる……よね、悠斗」 私の中で、その確信がますます強まっていた。記憶がないからこそ、私には彼が優しすぎる。何かを隠しているからこそ、その優しさは仮面のように見える。彼の笑顔の裏に、何かが潜んでいる。それを暴くためには、私はもっと彼のことを知る必要がある。記憶を失った私にとって、それは容易なことではないけれど。 「どうして……こんなに優しいの?」 答えを求めることが、今の私にできる唯一のことだった。
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