第17話 喜びと不安

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第17話 喜びと不安

翌朝、私はいつものように学校に向かうために家を出た。昨日の出来事が、まるで夢の中の出来事のように感じられて、少し不安になった。悠斗と付き合い始めた頃の記憶が、突然フラッシュバックのように蘇ったけれど、それが本当に現実なのかどうか、まだどこか信じられない。 「昨日のこと、玲奈に話してみようかな……」 そうつぶやきながら、足を進める。玲奈はいつも私のそばにいてくれて、事故の後もずっと心配してくれている友人だ。彼女には、ちゃんと話しておかないといけない気がした。 ++++++++++ 学校に着くと、廊下で玲奈が私を見つけて駆け寄ってきた。 「沙耶! どう、調子は? まだ記憶が戻らないって聞いてたけど……」 玲奈はいつもの明るい笑顔で私を迎えたが、その目には心配が滲んでいる。彼女がどれだけ私のことを気にかけてくれているのか、見ただけでわかる。 「実は……昨日、少し記憶が戻ったんだ」 そう言うと、玲奈の目が大きく見開かれた。 「えっ、本当に? それ、すごいじゃん! どんなことを思い出したの?」 私は玲奈の驚いた顔に少し笑いながら、昨日のことを話した。悠斗が校庭で私に告白してきた瞬間、それが突然鮮明に蘇ったこと。そして、それがどういう経緯で思い出されたのか――。 玲奈は私の話を聞きながら、どんどん興奮していった。 「それって、すごくない? 沙耶の記憶が、ちゃんと戻り始めたんだね! もう心配しなくていいかも! ほら、きっと他のことも少しずつ思い出すよ!」 玲奈は両手を握りしめ、まるで自分のことのように喜んでくれた。その姿を見て、私はふと胸の奥に何かが引っかかる感覚を覚えた。玲奈と私――二人で笑い合っていた光景が、ぼんやりと頭に浮かぶ。まるで霞が晴れていくように、失われていた玲奈との記憶が、少しずつ蘇り始めたのだ。 「玲奈……私、今思い出した。玲奈と一緒に……笑ってたことがあった。何か、すごくくだらないことで笑い転げてたことが……」 そう言うと、玲奈は驚いた顔をした。 「えっ、ほんとに? それって……いつのことだろう?」 私も、はっきりとした時期は思い出せないけれど、確かに玲奈と笑っていた記憶が蘇ってきた。その時の私たちは、何も心配することなく、ただ一緒にいるだけで楽しかった。 「なんか、すごく幸せな感じだった。玲奈といると、いつも楽しかった気がする」 玲奈はそれを聞くと、突然涙ぐんで、私の手を握った。 「沙耶、思い出してくれて、本当に嬉しいよ……。ずっと心配だったんだ。記憶が戻らないって聞いてから、ずっと……」 玲奈はそのまま泣きじゃくりながら、私の手を握りしめ続けた。彼女の涙を見て、私の胸がじんわりと温かくなった。玲奈がどれだけ私のことを思ってくれていたのか、改めて感じた。 「ごめんね、玲奈。ずっと心配させちゃって……」 「何言ってんの、沙耶が無事でさえいれば、それでいいんだよ!」 玲奈は涙ながらに笑い、私の肩を軽く叩いた。その瞬間、私たちが一緒に過ごしてきた時間が、少しずつ戻ってくるような気がした。 ++++++++++ その時だった。 後ろから、誰かが私たちの会話を聞いている気配に気づいた。振り返ると、そこには悠斗が立っていた。彼は、私と玲奈のやり取りをじっと見つめていた。 「悠斗……」 「何か話してたのか?」 彼の声はいつもの軽い調子ではなく、どこか冷たい響きを帯びていた。玲奈も驚いた顔をして、私を見つめる。 「うん、昨日のことを玲奈に話してたんだ。少し記憶が戻ったって……」 そう説明すると、悠斗の表情が一瞬だけ険しくなった。それは、まるで私の記憶が戻ることが都合が悪いかのような表情だった。私はその変化に、胸がざわつくのを感じた。 「記憶が戻ってきたのか……」 悠斗の声は、どこか抑えたように聞こえた。その言葉の裏に隠された何かを、私は感じ取った。 「そう、悠斗が告白してくれた時のこととか、玲奈と一緒に笑ってた時のこととか……少しずつだけど、思い出してるんだ」 私がそう言うと、悠斗は短く息を吐き出し、目を細めた。その目には、喜びよりも何か別の感情が浮かんでいるようだった。 「そうか……」 その短い言葉に、何か鋭いものを感じた。悠斗は私に背を向け、少し離れたところで壁に寄りかかりながら、しばらく沈黙した。 玲奈も何か気まずそうな顔をして、私の方を見ている。私は悠斗の様子に、またしても胸の中に不安が広がっていくのを感じた。彼はなぜ、記憶が戻ることを喜ばないのだろう? そして、なぜそんなに険しい顔をするのだろう? 「悠斗、どうかしたの?」 私が恐る恐る聞くと、悠斗は振り返らずに言った。 「別に……ただ、お前が少しずつ元に戻るのはいいことだと思うよ」 その言葉には、どうしても納得がいかなかった。何かを隠している――それが確信に変わり始めていた。悠斗が何かを隠していることは間違いない。だけど、その「何か」が何なのかは、まだ私にはわからない。 玲奈が私の肩を軽く叩き、笑顔を見せた。 「沙耶、記憶が戻り始めたんだから、焦らずにゆっくりやっていけばいいよ。私たちはいつでもそばにいるからさ!」 玲奈の言葉に、私は少しだけ安心した。彼女がいてくれることが、今の私にとっては大きな支えだ。けれど、その一方で、悠斗との間に漂う不安は、ますます大きくなっていくように感じられた。 ++++++++++ その日の放課後、私は悠斗のことが頭から離れなかった。彼のあの険しい表情――あれは、何を意味していたのだろう? 彼は一体、何を隠しているのだろう? 記憶が戻り始めることで、私は真実に近づいているのかもしれない。だけど、その真実は、私が知りたくないものである可能性もある。悠斗の態度が、私にそんな不安を植え付けていた。 「本当に、私たちは幸せだったんだよね……?」 心の中でそう問いかけながら、私は次第に眠りに落ちていった。
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