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第20話 どこにいても
どこに行っても、悠斗と出くわす。最初は偶然だと思っていた。それが重なるたびに、少しずつ胸の中に不安が広がっていく。
放課後、私は一人で駅前の書店に寄るつもりだった。玲奈に勧められた小説を探してみたかったのだ。店内は薄暗く、しっとりとした静けさが心地よかった。しばらくの間、ゆっくりと棚を見て回る。普段は目にしないジャンルの本も手に取ってみた。何かを探すというより、ただ本の世界に浸りたかった。
その時、ふと後ろから声をかけられた。
「沙耶、こんなところで何してるの?」
驚いて振り返ると、そこには悠斗が立っていた。彼の顔には笑みが浮かんでいるが、その目には何か鋭いものが隠れているように感じた。
「悠斗……偶然だね」
私は努めて平静を装い、軽く笑ってみせた。けれど、その場にいること自体が何か異様に思えてならなかった。
「偶然っていうか、僕もたまたま本を探しててさ。何か面白いの見つけた?」
彼は私の側に寄り、棚に並んだ本を手に取った。どうやら本を探している様子は本当らしかったが、それでもこのタイミングで現れるのは偶然にしては不自然だった。
「うん、まだ見てる途中」
私は視線を彼から外し、再び本棚に目を向けた。けれども、彼の存在がすぐ近くにあることで、どうしても落ち着かなかった。少しだけ、早くここを離れたいという気持ちが芽生えていた。
結局、私は本を買わずに店を後にした。外に出ると、少し冷たい風が吹き抜けた。その時、何気なく後ろを振り返ると、悠斗がまだ私の後をついてきていた。
「沙耶、これからどこ行くの?一緒に帰ろうか?」
彼は自然な笑顔を浮かべて、さりげなく提案してきた。だけど、その提案が妙に重く感じられた。
「今日は……ちょっと寄り道するつもりだから、先に帰って」
少し距離を取るように、私はわざと軽い調子で断った。けれども、悠斗はその言葉を聞き流すように、ゆっくりと私の横に並んだ。
「じゃあ、少しだけ付き合うよ。なんとなく話したい気分なんだ」
彼の声は穏やかだったが、その言葉に逆らうことはできなかった。結局、私は彼と一緒に駅まで歩くことになった。街の明かりが照らす道を並んで歩いているのに、何故か一人でいるよりも不安だった。
その翌日も同じことが起きた。私は玲奈と一緒に昼食を取るために駅近くのカフェに行った。気軽に雑談をしながらランチを楽しんでいると、カフェの入り口に悠斗の姿が見えた。彼は私たちに気づき、すぐにこちらへと歩み寄ってきた。
「また悠斗?」玲奈が驚いた顔で私に耳打ちした。私も同じくらい驚いていた。まるで、どこに行っても彼が現れるような気がしてならなかった。
「やあ、また会ったね。二人でランチ?」
悠斗は笑顔で私たちに挨拶をし、玲奈にも軽く手を振った。玲奈は微妙な表情を浮かべていたが、何も言わずに軽く頷いただけだった。
「ええ、そうだけど……悠斗、今日はどうしてここに?」
私は尋ねた。いつもなら自然に会話できるのに、この瞬間、どうしてもぎこちなくなってしまう。
「ちょうど近くに用事があってね。せっかくだから少しだけ顔を見せようと思って」
彼の返答はいつも通りだった。それでも、何かがおかしいと感じた。彼が近くにいる理由が、いつも何かしら後付けのように聞こえる。
ランチが終わり、玲奈と別れた後も、その不安は消えなかった。家に帰る道すがら、誰かに見られているような感覚が続いていた。時折、振り返っても誰もいないのに、悠斗の視線がどこかから追ってくるような錯覚を覚えた。
そして、その夜もまた、悠斗は現れた。
「沙耶、元気か?」
家の近くのコンビニに立ち寄ったとき、入り口で彼が立っていた。まるで私を待っていたかのようだった。その瞬間、背筋が冷たくなった。何かが違う。悠斗は優しい顔をしているけれど、その目の奥には何か別の感情が潜んでいる気がした。
「悠斗……また会ったね」
私は少し笑みを浮かべて応えたが、心の中では緊張が走っていた。彼がどうしてここにいるのか、もう偶然とは思えなかった。もしかして、私を……?
その考えを振り払うように、早々に買い物を済ませ、家に帰った。しかし、家に帰っても不安は消えなかった。ふと窓の外を見下ろすと、通りには誰もいないはずなのに、悠斗の影がちらつくような気がしてならなかった。
「大丈夫……偶然だよ、きっと」
そう自分に言い聞かせたが、どうしても違和感が消えない。彼は本当に偶然に現れるのか、それとも……。
胸の中で答えのない疑問が渦巻き、私は眠れぬ夜を過ごすことになった。
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