第21話 崩れていく記憶

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第21話 崩れていく記憶

秋も深まり、外の景色はすっかり赤や黄色の葉で彩られていた。私は玲奈と一緒に駅前のカフェに来ていた。テラス席でぼんやりと紅葉を眺めながら、少し肌寒い風を感じていた。 「沙耶、元気そうに見えるけど、最近どう?」 玲奈がカフェラテを手にしながら聞いてきた。彼女はいつも私の様子を気にかけてくれる。事故以来、玲奈との会話は何かと心の支えになっていた。 「うん、ぼちぼちかな……記憶も少しずつ戻ってきてるし」 私は微笑みながら答えたが、その言葉の裏には、どうしようもない違和感が常に付きまとっていた。記憶が戻るにつれて、過去の悠斗との関係が少しずつ崩れていく感覚があった。 ふと、隣の席から大きな声が聞こえた。若いカップルが座っていたようで、二人の会話が次第にヒートアップしていくのがわかった。女性の方が涙目になり、男性に詰め寄っている。 「なんで浮気したの?信じられない!」 その言葉が私の耳に届いた瞬間、頭の中で何かが弾けた。まるで映画のワンシーンのように、突然過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。 ++++++++++ 私と悠斗が大喧嘩した日のことだ。 「悠斗、どういうこと?私に嘘ついて、他の女の子と会ってたなんて!」 私は声を震わせながら悠斗に詰め寄った。あの日、学校の帰り道、悠斗が誰かの手を握って歩いているのを目撃してしまった。それが誰だったのかは知らない。でも、あの光景は明らかに普通の友達同士ではなかった。 悠斗はその時、少しも動揺する様子を見せなかった。むしろ、彼は冷静に私を見下ろして、軽く肩をすくめた。 「そんなに大げさに言うなよ。別に浮気ってわけじゃないんだ。ただの友達だって」 その言葉に私は一瞬言葉を失った。彼の冷たい態度、まるで何も悪いことをしていないかのような表情。それが私の胸に鋭く突き刺さった。 「嘘よ!手を握ってたじゃない!どうしてそんなことするの?」 私は涙をこらえながら、どうにか声を絞り出した。だけど、悠斗は私の痛みを理解することなく、むしろ面倒くさそうにため息をついただけだった。 「手を握るくらいでそんなに怒ることないだろ。そんなに嫉妬深いの、正直しんどいわ」 彼のその言葉に、私は完全に打ちのめされた。付き合っていた頃の私たちは確かに楽しかった時期もあった。だけど、いつからか関係は変わり始め、喧嘩ばかりが増えていった。 浮気をしても、それを悪びれる様子もない悠斗。何度も彼を責め立てたが、彼は私の言葉に耳を貸そうとしなかった。むしろ、私が悪いかのように振る舞う彼の態度が、私をますます追い詰めていった。 ++++++++++ 記憶のフラッシュバックが終わり、私は震える手でカップを握りしめた。隣のカップルの喧嘩が遠ざかっていく中、私はその場で何もできずに座り続けた。 「沙耶?大丈夫?」 玲奈が心配そうに私を見つめている。私が沈黙していたことに気づいていたのだろう。私は小さく頷いたが、心の中では混乱が渦巻いていた。 「……記憶が、また戻ったの」 玲奈は目を丸くして驚いた。 「何を思い出したの?」 私はしばらく言葉に詰まったが、やがてぽつりと話し始めた。 「悠斗の浮気……それが原因で、私たちは喧嘩ばかりしてた。何もかも壊れていった。あの頃のこと、全部思い出した……」 玲奈は真剣な表情で私の話を聞いていた。そして、深く息を吐いた後、静かに言った。 「そっか……でも、思い出せたことは良かったよね。沙耶、もうあんな辛い関係に戻らなくて済むんだから」 玲奈の言葉に、少しだけ救われた気がした。しかし、同時に大きな疑念が生まれていた。私と悠斗の関係は完全に壊れていたはずなのに、どうして彼は今こんなに優しくしてくるのだろう? 「でも、玲奈……悠斗は、今はすごく優しいんだよ。なんで、そんなに変わったのか、私には分からない」 私は自分の気持ちを正直に話した。玲奈は少し考え込んだ後、静かに答えた。 「沙耶、もしかしたら悠斗は何かを後悔しているのかもしれない。あんなに喧嘩していたのに、今さら優しくなるなんて、普通じゃ考えられないけど……」 玲奈の言葉が正しいのかどうかは分からない。ただ、悠斗の態度の裏には何か隠されているような気がしてならなかった。彼は一体、何を考えているのだろう?そして、私が思い出していない記憶には、一体何が隠されているのだろう? その疑念が心の中で大きく膨らんでいく中、悠斗の顔が頭に浮かんだ。あの優しい笑顔と、ふとした時に見せる冷たい視線。その対比が、私をますます不安にさせた。 +++++++++ その日の夜、ベッドに横たわりながら、私は何度も思い出した記憶を反芻していた。悠斗との関係はすでに崩壊寸前だった。浮気に対して何も悪びれることなく、私を無視し続けた彼。それでも、事故の前に何が起きたのか、その記憶だけはまだ戻っていない。 「何があったんだろう……」 自分に問いかけるが、答えは見つからない。ただ、徐々に思い出していく記憶の断片が、私を真実に近づけているような気がした。 しかし、それと同時に、何か大きな危険が迫っていることも感じていた。
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