第27話 逃げ場のない真実

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第27話 逃げ場のない真実

助けを求める声が通りに響く。しかし、遠くに見えた人影は、一瞬こちらを見ただけで立ち止まることはなかった。何事もなかったかのように、そのまま早足で立ち去ってしまう。私の叫びは虚空に消え、周りの世界はまるで何事もなかったかのように平然と動き続けていた。 「誰も、お前を助けてくれないよ」 悠斗の冷たい声が再び背後から聞こえてきた。振り返らないまま、私は足を止めた。もう、逃げられないことがわかっていた。悠斗の言葉は正しかった。誰も助けてくれない。誰も私を見ていない。皆、自分の世界に閉じこもって、他人の問題には無関心だ。 私はふらつきながら、壁にもたれかかった。呼吸が荒く、心臓が早鐘のように打ち続ける。逃げるべきか、それともここで立ち向かうべきか、判断がつかないまま、私はただその場に立ち尽くしていた。 「もう、いい加減にしろよ」 悠斗がゆっくりと近づいてくるのがわかった。足音が冷たく、無機質に響く。それがまるで私の運命を告げる鐘のように感じられた。背中がぞくりとし、全身に恐怖が駆け巡る。 「沙耶、お前が思い出したのは良くないんだよ」 悠斗の声はますます低くなり、冷酷さを帯びていた。まるで私が何かを誤ったかのような言い方だ。だが、思い出すことは間違いじゃない。むしろ、私が今まで見ていなかった真実をようやく取り戻したのだ。 「…思い出したことが、どうして悪いの?」 私は、震える声で問いかけた。悠斗は少しの間黙った後、冷ややかな笑みを浮かべた。 「だってさ、お前が全部思い出したら、俺が困るんだよ」 「困る?どういう意味?」 私の心はさらに乱れる。悠斗が何を意味しているのかはっきりとはわからない。だが、その言葉の裏に隠された恐ろしい意味が徐々に浮かび上がってきた。 「お前、まだ気づいてないのか?」 悠斗は嘲笑うように言い放った。私の疑念は、徐々に確信に変わっていく。彼が何か重大な事実を隠していることを、ずっと感じていた。だが、それが何であるかを自分の中で認めたくなかったのだ。 「俺がさ、あの日、お前を押したんだよ」 その言葉を聞いた瞬間、全身が凍りついた。頭の中で何かが砕け散る音がした。まさか、と思った。だが、同時に、その真実はずっと私の胸の中に潜んでいた疑念と一致するものだった。 「…嘘でしょ?」 声が震えた。だが、悠斗の表情は変わらない。むしろ、その冷たさを強めているように見える。 「嘘じゃねぇよ。お前が邪魔だったんだよ、あの時」 悠斗は肩をすくめ、軽い調子で言い放った。まるで何でもないことのように。私の命を奪おうとしたことを、彼は何の感情もなく語っていた。 「あの日、別れ話が面倒くさくてさ。どうせなら終わらせようと思って」 悠斗の言葉が胸に刺さる。まさか、自分が愛した人が、こんなことを考えていたなんて。こんな形で、私の命を奪おうとしていたなんて。 「そんな…」 思わず口元に手を当てた。体が震え、涙が止まらなく溢れ出してくる。悠斗は何の感情もなく、ただ無機質な目で私を見つめていた。 「お前が生き残るとは思わなかったんだけどな。でも、まあ、どうにかここまできたし、いいじゃん」 悠斗のその言葉に、私はとうとう立ち上がる力を失った。膝が震え、地面に崩れ落ちる。彼が本当に私を殺そうとしたのだ。そして、今もそのつもりだ。 「でも、もう終わりだな。お前も全部思い出しちゃったし」 悠斗が一歩、また一歩と私に近づいてくる。彼の足音が近づくたびに、心臓がさらに強く打ち、体が動かなくなっていく。逃げなければならない。それでも、足が動かない。 「沙耶、もう楽にしてやるよ」 悠斗が私の肩に手を置いた瞬間、その手がまるで凍りついたように冷たく感じられた。 「やめて…」 私は絞り出すように声を出した。だが、悠斗はその声には耳を貸さない。彼の目は冷たいままで、手はゆっくりと私を力強く引き寄せる。 その瞬間、ふと遠くから誰かの声が聞こえた。 「沙耶!」 その声は、涼だった。彼の叫び声が、私の絶望の中に一筋の光を差し込んだ。悠斗もその声に一瞬だけ動きを止めた。涼は駆け寄り、私と悠斗の間に割って入った。 「離れろ、悠斗!」 涼の怒鳴り声が響く。悠斗は冷笑を浮かべながら、一歩後ろに下がった。 「涼、お前には関係ないだろ」 「沙耶にはもうお前なんか必要ない」 涼のその言葉に、悠斗の目が一瞬だけ険しくなった。そして、彼は再びその冷酷な笑みを浮かべ、手を挙げると軽く涼に向かって振った。 「まあ、今回はこれくらいにしてやるよ」 そう言って、悠斗はくるりと背を向け、そのまま通りを歩き去っていった。その後ろ姿が遠ざかるにつれて、私の体に張り詰めていた緊張が一気に解け、力が抜けていくのを感じた。 涼が私のそばにかがみ込み、優しく肩に手を置いた。 「大丈夫か?沙耶」 私は涙を拭いながら、震える声で答えた。 「ありがとう…涼…」 涼のその温かい手の感触が、私を現実に引き戻してくれた。
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