第32話 逃げられない罠

1/1
前へ
/34ページ
次へ

第32話 逃げられない罠

涼の友人が運転する車は、家があるという静かな住宅街に到着した。夜の闇に包まれ、街灯の光がぼんやりと照らす家々はどこも静まり返っている。まるでこの場所だけが時間から取り残されているような不気味さを感じた。 「ここなら安心だよ。俺の友達の家だし、しばらくはゆっくりできるはず。」 涼がそう言って私に微笑みかけた。その笑顔がどこか無理に作られているように見えたのは気のせいだろうか。恐怖と疲労に覆われた私は、深く考えることもせず、ただ彼を信じるしかなかった。 「うん…ありがとう、涼」 私は震える声で応じ、車を降りた。玄関に向かう道すがら、周囲を見回すが、悠斗の姿は見当たらない。だが、胸の奥底にある不安は消えることなく、むしろ重くのしかかっていた。 涼がドアをノックすると、中から男の声が聞こえてきた。しばらくして扉が開き、涼の友人らしき男が現れた。背が高く、がっしりとした体格のその男は、私を見ると少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。 「おう、涼。どうしたんだ、こんな時間に」 「ちょっと、こいつをかくまってくれないか。事情は後で話すよ」 涼が短く説明すると、その男は無言で私たちを招き入れた。家の中は思ったよりも広く、しかしどこか不気味な雰囲気が漂っていた。リビングに入ると、すでに3人の男たちがソファに腰掛け、談笑していた。そこに運転手の男も加わり彼らは一瞬私に注目したが、すぐに興味を失ったように会話に戻った。 「ここで少し休めよ。みんな友達だから、気にするな」 涼がそう言って私にソファを勧めたが、私はその場に立ったまま、部屋全体を見渡した。男たちの視線が不自然に感じられた。彼らの視線には何か冷たいものがあり、その場の空気がますます重く感じられた。 「涼…大丈夫なの?」 私は小声で尋ねたが、彼は微笑みながら「大丈夫だって」と繰り返すだけだった。だが、その笑みにはどこか違和感があった。 「お前も座れよ、緊張してるんじゃねえよ」 男の一人が私にそう言いながら、無理やりソファに座るよう促した。その手が肩に触れる瞬間、嫌な寒気が走った。 「大丈夫…本当に?」 不安が募り、私は再び涼の方を見たが、彼は私から視線を逸らし、携帯を操作していた。その態度が余計に不安を煽る。私は何かがおかしいと感じながらも、ここから逃げる方法を見つけられなかった。 ++++++++++ リビングには男たちの笑い声が響いていたが、私の心は不安でいっぱいだった。涼がしばらく私の隣に座り、優しく話しかけてくれていたものの、その目はどこか虚ろだった。 「ちょっと飲み物取ってくるわ。少しだけ待ってて」 そう言って涼は部屋を出て行った。彼がいなくなった瞬間、リビングに残った男たちの視線が一斉に私に向けられた。頭の先からつま先まで舐め回すように。その瞬間、背筋に氷が走った。 「涼の彼女か?」 男の一人がそう尋ね、もう一人がニヤニヤと笑いながら答えた。 「まあ、そんなところだろうな。なあ、もう少し楽しんでもいいんじゃないか?」 彼らの言葉の意味をすぐに理解することはできなかったが、その空気には明らかな危険が漂っていた。私は立ち上がろうとしたが、足がすくんで動けなかった。 「どこに行くんだよ。まだ話は終わってねえだろ?俺たちともっと遊ぼうぜ」 一人の男が私の腕をつかみ、強く引っ張った。その瞬間、恐怖が全身を貫いた。私は必死に逃げようとしたが、力の差は歴然だった。 「やめて!放して!」 叫んでも、男たちは笑うだけだった。彼らの手が私に伸びてくる。もう逃げられないという絶望が胸を締め付けた。 ++++++++++ その時、玄関のドアが勢いよく開いた音が聞こえた。涼が戻ってきたのかと思ったが、リビングに入ってきたのは悠斗だった。彼は無表情で男たちを見回し、冷たい声で言った。 「手を出すな。彼女は俺のだ」 その言葉に、男たちは一瞬動きを止めたが、すぐに笑い出した。 「おいおい、ヒーローの登場ってやつか?だったらもっと早く来いよ」 悠斗は無言で男たちを睨みつけると、男たちは明らかに怯んだ。その感覚は私は知っている。本当に何かしでかしそうな殺気を。そして悠斗は私の腕を引いて立ち上がらせた。その手の冷たさに驚いたが、彼の顔を見ると、そこにはこれまでの狂気とは違う冷静な表情があった。 「おい、車借りてくぞ」 運転手だった男は殺気に耐えられなかったのか鍵を大人しく渡した。 「行くぞ」 私は悠斗の声に従うしかなかった。私は彼に引きずられるようにしてリビングを後にし、玄関へと向かった。男たちは何も言わず、ただその光景を見ているだけだった。 ++++++++++ 外に出た途端、冷たい風が私の体を包み込んだ。悠斗は私の手を離し、静かに言った。 「お前、本当に馬鹿だな。涼を信じたのか?」 その言葉に、私は言葉を失った。涼が――あんなに信じていた涼が――私を裏切ったという事実が、頭の中で理解できなかった。 「どういうこと…?」 震える声で尋ねると、悠斗は冷たい笑みを浮かべた。 「涼はお前を守るつもりなんてなかった。むしろお前を利用して、あいつらに売るつもりだったんだよ」 その言葉が胸に突き刺さった。涼の優しさが全て嘘だったのか。私を助けるどころか、罠にかけていたのか。信じていた全てが音を立てて崩れ落ちた。 悠斗は私を睨みつけ、低い声で言った。 「お前は俺のものだ。誰にも触れさせない」 彼の言葉には狂気が潜んでいたが、今は彼の言葉が唯一の救いのように思えた。涼に裏切られ、誰も信じられない今、悠斗だけが私を守る存在だと感じてしまった。 「どこに連れて行くの…?」 悠斗は黙って車に乗れと促した。もう抵抗する力も残っていなかった私は、ただ彼に従うしかなかった。 街の灯りが次第に遠ざかる中で、私は自分がどこへ向かっているのかさえもわからなくなっていった。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加