第33話 真実との対峙

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第33話 真実との対峙

車のエンジン音が静かに響く夜の中、悠斗と私は無言のまま車内にいた。涼に裏切られたという事実が頭の中をぐるぐると巡り、私はどうすればいいのか分からなくなっていた。あの幼馴染みが私を売った――その現実が、今でも信じられないでいる。 涼の裏切り。あの優しい笑顔が作り物だったということが、心の奥に鋭く突き刺さっている。男なんて、誰も信じられない。そう思うと、悠斗の存在さえも不気味に思えてきた。彼が助けてくれたという事実さえ、何か別の意図が隠されているのではないかと疑いたくなる。 「涼が…私を裏切っていたなんて…」 そう呟いても、返ってくるのは悠斗の冷たい沈黙だけだった。彼の横顔は暗闇の中でぼんやりと見え、ただ前方の道路を見据えている。何も答えないのが不安を掻き立てる。 「誰も信じるなって言っただろ?」 悠斗は唐突に口を開く。その声は無感情で、冷たい。「お前はいつも、人を信じすぎる。それで痛い目を見るんだ。」 その言葉が痛いほど正しいと感じる一方で、どこかで反発したい気持ちがあった。確かに、涼に騙されたのは私の過ちだ。でも、それが私の全てじゃない。信じる心を失うなんて、私らしくない。 ++++++++++ 車は次第に郊外へと進み、山道に差し掛かっていた。街の明かりは遠く離れ、今や辺りには暗闇と静寂だけが支配している。悠斗がどこへ私を連れて行こうとしているのか、怖くて尋ねる勇気も出なかった。私が自ら選んだわけじゃない道に進んでいる、そんな感覚だった。 「…涼のこと、なんで黙ってたの?」 不安を抑えきれず、私から口を開く。悠斗はちらりと私を見て、口元に薄笑いを浮かべた。 「お前はあいつを信じたがってただけだ。俺が何を言ったって、信じなかっただろ?」 その言葉に、私は何も言えなくなった。確かに、涼に裏切られた現実をまだ信じたくない自分がいる。彼が私を売ったことは事実だが、それをどう受け止めればいいのか分からない。ただ一つ確かなのは、もう誰も信じられないということだった。 ++++++++++ やがて、車は寂れた一軒家の前で止まった。周囲には何もなく、まるでこの場所が世界から切り離されたような感覚に包まれる。 「ここにいれば、お前を守れる。他の奴らにはもう会わなくていい」 悠斗はそう言って私を降ろしたが、その言葉にもどこか違和感があった。彼が本当に私を守ろうとしているのか、それとも自分のために私を支配しようとしているのか。もう誰の意図も信じられない。 家に入ると、古びた空気が漂っていた。埃っぽい匂いが鼻をつき、長い間人が住んでいなかったことがわかる。私は無言で悠斗に従ったが、心の中では何かが警鐘を鳴らしていた。 「悠斗…これ以上、どうするつもりなの?」 彼の行動に疑念が膨らみ、勇気を出して問いかけた。悠斗は一瞬黙り込んだが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。 「お前は俺のものなんだ。他の男たちみたいに、俺から奪われることはもうない」 その言葉が私を凍りつかせた。涼に売られたあの瞬間がフラッシュバックし、体が硬直する。悠斗の言う「守る」は、ただの言葉でしかなく、その裏には支配の意図しか見えなかった。 ++++++++++ 「もう誰も信じられない…」 思わず口からこぼれたその言葉に、悠斗が眉をひそめた。私の目から涙が零れ落ち、耐えきれなくなって声を上げた。 「涼も、あんたも…結局、みんな私を利用するだけじゃない!」 その瞬間、悠斗が私の肩を強く掴んだ。その冷たい手の感触に、全身が震えた。彼の表情は、今までの優しさとは全く違っていた。 「俺を疑うのか?お前を守ってやったのに」 「守るって…そんなの嘘だよ!みんな私を、ただの道具みたいに扱って…」 涙で視界が滲む中、悠斗の顔が険しく歪んでいくのが見えた。彼の手がさらに強くなり、私は痛みに顔を歪めた。 「やめて…」 必死に抵抗しようとしたが、悠斗の力は私を簡単にねじ伏せてしまう。 「お前は俺のものなんだ。お前にはもう他に誰もいないんだよ。涼だって、お前を売り飛ばしたんだ。俺しかお前を守る奴はいない」 その言葉に、私は絶望に打ちひしがれた。悠斗の言葉が突き刺さる。涼が私を売ったという事実。そして、悠斗がその事実を利用して私を支配しようとしていること。 「…もう誰も信じられない」 その言葉を再び呟いた瞬間、玄関のドアが突然開かれた。 「沙耶!」 そこに立っていたのは、涼だった。彼は息を荒げ、私の方へ駆け寄ろうとしていたが、私は一歩後ずさった。涼の姿を見た瞬間、怒りと恐怖が混じり合い、叫び声が喉から漏れた。 「来ないで…!」 涼は驚いた表情を見せたが、それでも必死に私に呼びかける。 「沙耶、俺はお前を助けに――」 「嘘つき…もう信じない…あんたも、悠斗も、みんな私を裏切った!」 涼が私を売った事実が、全てを台無しにした。彼がどんな言葉をかけてこようとも、私にはもう何も響かない。誰も信じられない。私の心は完全に閉ざされてしまった。 涼は一瞬言葉を失ったが、すぐに何かを決意したように拳を握りしめた。 「沙耶、俺が間違ってた。本当にごめん。だけど、今はお前を助けに来たんだ。悠斗が何をしようとしてるのか、お前も分かってるだろう?」 「…信じられない」 そう呟く私を見つめる涼の目には、何か違う光が見えていた。しかし、もう私にはその意味を理解する力は残っていなかった。
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