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第5話 再会と二人の想い
学校生活が再び始まり、少しずつだけど、私は周りの風景に慣れようとしていた。けれど、まだどこかしら違和感が残っているのは事実で、自分の席に座っているだけで、知らない空気に押しつぶされそうになる。
そんな中、今日の放課後、幼馴染みの涼と親友の玲奈が会いに来ると聞いた。彼らは私の事故以来、ずっと心配してくれていたらしい。母さんから何度もそのことを聞かされていたけど、私自身は二人のことをまだ完全に思い出せていない。事故前はどんなふうに過ごしていたのか、どれだけ仲が良かったのか——何もかもが霧の中だ。
「沙耶、今日放課後に涼と玲奈が来るって。二人ともずっと心配してたんだよ」
悠斗がそう教えてくれた時、私は心の中で微妙な感情が湧き上がるのを感じた。彼のこともまだ完全には信じ切れていないのに、幼馴染みや親友に会うなんて、どういう顔をすればいいのか分からなかった。私が覚えていない二人に、どう接すればいいのだろう。
放課後の教室。窓から差し込む夕陽が、少しだけ心を落ち着かせる。周りのクラスメートたちが帰り支度をしている中、私は机に座ったまま、何もせずに外の景色をぼんやりと眺めていた。
「沙耶!」
突然、元気な声が耳に飛び込んできた。その声の主は、長い黒髪を揺らしながら教室に飛び込んできた玲奈だった。彼女の顔を見ると、私の中で何かが反応した。記憶にはないけど、その笑顔だけはどこか懐かしさを感じさせる。
「玲奈……」
名前を呼んだ瞬間、彼女は勢いよく私に抱きついてきた。その勢いに少し驚いたものの、その温かさが少しだけ安心感を与えてくれた。
「沙耶、よかった! 本当に無事でよかった! 心配で何度もお見舞いに行こうと思ってたんだけど、病院の規則で家族と一部の人しか会えなくて……。でも、こうして学校で会えて、安心したよ」
玲奈の声は震えていて、その瞳には涙が浮かんでいた。彼女がどれだけ私のことを心配してくれていたのか、その一言一言が胸に響いた。
「ごめんね、心配かけて……私、自分のこともよく分からなくて……」
そう言葉を返すと、玲奈は首を横に振った。
「謝らないで! 沙耶が無事でさえいてくれれば、それで十分だから」
玲奈の優しい言葉に、私は胸が温かくなるのを感じた。そして、少しだけ涙が出そうになるのをこらえながら、私は彼女に微笑んだ。
その時、教室の入り口に立っていたもう一人の人影が目に入った。涼だ。短い髪にスッとした顔立ち、何も言わずにこちらを見つめているその姿は、どこか冷静で、だけど心の奥で深い感情を隠しているように見えた。
「涼……」
名前を呼ぶと、彼は静かに教室に入ってきた。そして、私の前まで来ると、少しだけ眉をしかめて口を開いた。
「沙耶、無理はしてないか? 大丈夫か?」
その声はとても落ち着いていて、どこか大人びたものがあった。けれど、その瞳は私をしっかりと見つめ、心配しているのが伝わってくる。
「うん、大丈夫……ありがとう」
そう答えたけど、まだ心のどこかで引っかかるものがあった。幼馴染みという言葉は、過去の私にとってはとても重要だったのだろうけど、今の私にはそれがどういう意味を持つのか分からない。ただ、目の前にいる涼が私のことを本当に心配してくれていることだけは分かる。
「玲奈がすごく心配してたんだ。退院したらすぐにでも会いに行くってずっと言っててさ」
涼は少し微笑みながら玲奈を指差した。玲奈はその言葉に少し照れくさそうに肩をすくめていた。
「だって、本当に怖かったんだから! 沙耶が事故に遭ったって聞いた時、私どうしていいか分からなくて……」
玲奈はその時の恐怖を思い出したかのように、再び目を潤ませた。私はどう言葉を返せばいいのか分からず、ただその場に立ち尽くしていた。
「沙耶、記憶が戻ってなくても、俺たちはいつでもお前のそばにいるからさ」
涼の言葉は静かで力強かった。その言葉に、私は少しだけ安心を覚えた。彼らが私のためにここにいてくれることが、少しずつ心の中で重なり合っていく。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
それしか言葉が出てこなかった。私は玲奈と涼に深く感謝している。それは過去の記憶がなくても、今の私にとって大切な存在であることには変わりない。
玲奈は再び私に笑いかけてくる。
「沙耶、また昔みたいに一緒に遊びに行こうね。記憶が戻らなくても、これからまた新しい思い出を作ればいいんだから!」
彼女の言葉に、私は思わず微笑んで頷いた。その明るさに、私も少しだけ前向きな気持ちになれた。確かに、記憶がなくても、新しい思い出を作ることはできるのかもしれない。玲奈と涼がいるなら、それが可能なのだと思えてきた。
そんな中、ふと教室の外に悠斗の姿が見えた。彼は教室の外でこちらを見つめている。その視線はまるで何かを考えているようで、少しだけ寂しそうに見えた。
涼と玲奈に支えられて少しだけ前に進もうとする私。そして、悠斗という存在——。彼のことを信じていいのかどうか、その答えはまだ出ていない。けれど、少なくとも今は、こうして支えてくれる人たちに囲まれていることが、私にとって大きな力になっていることは確かだった。
「沙耶、また明日ね!」
玲奈が手を振りながら教室を出て行き、涼も軽く頷いて後に続いた。私はその背中を見送りながら、今日一日が少しだけ暖かく終わろうとしていることを感じた。
次の日がどうなるか分からない。でも、少しずつでも前に進んでいけるような気がしていた。
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