第8話 夢と現実

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第8話 夢と現実

車のエンジン音が耳元で響く。私の体は凍りついたように動けず、ただ目の前で迫ってくる光景を見つめていた。誰かが背後から私を押している感触がはっきりとあったが、振り返ることすらできなかった。車が猛スピードでこちらに向かってくる。ギリギリまで近づいて、その鋭い金属の感触が肌に触れる直前—— 「はっ!」 私は息を切らしながら、勢いよく目を開けた。暗い天井が目に飛び込んできて、すぐに自分がベッドの上にいることに気がついた。汗がびっしょりで、シーツに体が張り付くほどだ。冷たい汗が額から流れ落ち、手で拭おうとしても震えが止まらない。 「夢……だよね」 自分にそう言い聞かせながら、乱れた呼吸を整えようとする。だが、その夢はあまりにも生々しかった。背後から押された瞬間の恐怖、目の前で迫る車の姿、そのすべてが今でも脳裏に焼き付いて離れない。 「誰かが、私を……」 ベッドから起き上がり、窓を少し開けて新鮮な空気を吸い込んだ。外はまだ夜が明ける前で、薄暗い街灯の明かりがかすかに揺れていた。胸の中の不安を押し込めようとするが、それは簡単には消えてくれない。私が事故にあったときの記憶がまだはっきりと戻っていないからこそ、この夢が余計に恐ろしい。夢がただの夢であるならいいけれど、もし何かを思い出しかけているのだとしたら——。 その考えにいたると、急に寒気が襲ってきた。無意識に腕を抱きしめ、ベッドに戻るが、もう眠ることなどできそうになかった。朝を迎えるまで、何度も夢の光景が頭をよぎった。 ++++++++++ 翌日、いつものカフェで悠斗と会うことになった。こうして悠斗と会う時間は今の私にとって日常の一部になりつつある。カフェに着いた時も、夢のことが頭を離れなくて、少しふらふらした状態で席に着いた。 「沙耶、どうした? 顔色悪いぞ」 悠斗は私を見て少し驚いた様子だった。いつものチャラチャラした感じはあるけれど、私の体調を気にかけているのは確かだ。彼の顔を見た瞬間、夢のことが再び頭に浮かび、無意識に口を開いていた。 「……変な夢を見たの。誰かに背中を押されて、車にひかれそうになる夢」 悠斗は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。その笑顔はどこかぎこちなく、目が笑っていないことに気づく。 「おいおい、なんだそれ? 単なる悪夢だろ、そんなの気にするなよ」 彼はそう言いながら、軽く笑い飛ばすような口調だった。けれど、私の心には妙な違和感が残った。悠斗の言葉はいつも通り軽いものだけれど、その裏に何かを隠しているような感じがする。私の話を笑って流す姿勢に対して、どこか不自然なものを感じたのだ。 「でも、本当にリアルで……まるで事故のときのことみたいだった」 そう呟いた瞬間、悠斗の手が一瞬止まった。彼はカフェラテを飲もうとしていたが、その手は固まったままだった。そして次の瞬間、すぐに動き始めたが、その一瞬の止まり方が私の目に焼き付いた。 「事故のことなんて、もう考えるなよ。お前が生きていて、元気でいてくれればそれでいいんだから」 そう言って笑いながら、悠斗は再び軽く私の肩を叩いた。その動作もどこか作り物のように感じられる。どうしてだろう? 今までは何も疑うことなく彼の言葉を受け入れていたのに、今日はどうしてもその裏に何かあるような気がしてならなかった。 「悠斗、私が事故にあったときのこと、何か知ってるの?」 思わず聞いてしまった。自分でも驚くほど直球の質問だった。けれど、何か確かめたい気持ちが抑えられなくなっていた。あの夢はただの夢じゃない——そんな気がしていたのだ。 悠斗は少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに平然とした顔に戻った。 「いや、特に何も。事故の話なんてお前からしか聞いてないし、俺だってSNSで知っただけだよ」 言葉自体は何の問題もなく、むしろ合理的な返答だった。だが、彼の目はやはり笑っていなかった。少しだけ鋭さを帯びた目が、一瞬私を射抜くように感じられた。そして、それもまたすぐにいつもの優しい顔に戻る。 「そっか……」 私はそれ以上追及することができなかった。悠斗はいつものように軽い話題に切り替えようとするが、私の中のもやもやは消えない。彼が何かを隠している——そんな感覚が、確信に変わりつつあった。 ++++++++++ カフェを出た後、私は家に戻る途中でまた考え込んでしまった。あの夢と悠斗の反応。それがどうしても頭から離れない。彼が私の記憶について何かを知っているのではないかという疑念が、徐々に膨らんでいく。けれど、その答えは簡単には見つからない。 家に着いてベッドに横たわると、再びあの夢の光景がフラッシュバックしてきた。背中に感じた誰かの手の感触、目の前で迫る車の光、その直前で目覚めた瞬間の恐怖——。 「誰かが私を……」 もう一度その言葉が頭をよぎった。だが、それが悠斗なのか、それとも他の誰かだったのか、記憶が戻らない限り確かめることはできない。事故の真相にたどり着くために、自分自身の記憶と向き合わなければならないのだと、私は感じ始めていた。
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