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 真理愛がこの家に来たのは四歳九か月の時、だったらしい。  詳しい年齢までは流石にあとで教えられたものだが、「新しい家族」に迎え入れられた記憶はしっかり残っている。  母が薬を飲んで亡くなった同じ部屋で、真理愛は己の意思の及ばない(きた)るべきを待っていた。  初めて会う父が助けに来てくれなければ、それは母と同じく『死』だった筈だ。  真理愛の小さな世界のすべてだった支配者()が消えて、代わりに現れた父と祖父母。  父に聞かされたのは、「ママは『真理愛を迎えに来て』ってパパに頼んだんだ」という事実のみ。  そのような極限になるまで娘や孫の存在さえ知らされていなかった彼らが、この身を優しく受け入れてくれたこと。  おそらくは葛藤がなかったわけもないだろうに、それ自体が成長した今の真理愛には奇跡のようにも感じる。  この家に来てからしばらくの間。  まるで半透明のの中で揺蕩うかのごとく、バリアを張り巡らせたような、社会から切り離されたような状態で、真理愛は薄い殻越しに突然できた家族を眺めていた。  祖父が買って来た絵本を、手振りをつけながら読んでくれていたのも覚えている。  その時初めて「笑った」のだと、その後何度も聞かされたものだ。  真理愛の「お気に入り」と見做された絵本は、毎夜寝かしつけのために父が読んでくれていた。  絵本は順調に増えて行ったが、結局その星の絵本が本当に真理愛の「一番のお気に入り」になった。  今思えば、「いきなり父親になった・ならざるを得なかった」若い父の読み聞かせは決して流暢なものではなかった。  それでも、文字の少ない「絵」で展開する星の物語を紡ぐ声は、真理愛の中にすんなりと沁み込んで来たのだ。
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