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 きっかけはそれに違いないと断言できるが、今も真理愛は星を見るのが好きだ。  これが原風景というものなのか。  絵本の中で夜空を旅する星、仲間になった流れ星との旅路とその果ての別れ。  何にも縛られず自由なようでいて、最後には流れて消えて行く「仲間」。  消滅するに放たれた大きな光に導かれるように、星は元居た「星座」に戻る。  取るに足りないと考えていた「小さな自分」がいてこそ、星座は完成して輝きを増すことに気付かせてくれた流れ星。  お話を通じて、真理愛にとっての『居場所』はこの家だと言葉ではなく自然に伝わった。  もうひとつ。  絵本の中とは位置づけがまったく異なるものの、「真理愛の人生を通り過ぎて消えて行った」という意味合いにおいて、母は『流れ星』だったのだろうか。  父と二階のベランダで二人星空を見上げた日々。  小学校入学以降は自然と回数も少なくなり、真理愛の誕生日である十二月二十四日(クリスマス)の習慣になって行った。  父が、──おそらくは祖父母も、何とか真理愛のためにできることを、と試行錯誤する中で明確に形になったもののひとつだったのではないか。  最初は父が真理愛を抱き上げて、遠い空の光の点を指さしながら「ほら、真理愛。星がいっぱいだ。あの絵本と同じだよ」と話してくれていた。  ただその時間が嬉しく、どんどん楽しみになって行ったのだけが確かだ。年を重ねるごとに、「星に纏わる話」を対等にできるようになったのも。  寂しく冷えて固まった真理愛の心に、父の声と都会の空の微かな星の光が差し込んで、凍り付いていた何かを溶かして行ったのだと思う。
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