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昼休みくらいから、なんとなく変だなとは思っていた。
だけど部活に行った瞬間、顧問に「帰りなさい」と言われるほど目に見える体調不良だとは思わなかった。
自分としては大丈夫だと思ったけれど、素直に従って帰宅した。
「――ただいま」
自宅の扉を開けた。同時にママが駆け寄ってきた。手には体温計。
「……体調崩したって連絡来た?」
「え? 来てないけど」
「じゃあなんで体温計を持って玄関に?」
「なんとなく時間と声から、体調悪そうな気がしたから」
ママは事もなげにそう発した。それを聞いた瞬間、私は糸を切られたマリオネットのように、力が抜けて玄関にへたり込んでしまった。
「言わんこっちゃない」
ママはそう言いながら私を玄関に座らせると、脇に体温計を滑り込ませてきた。
程なくして鳴動した体温計のデジタル表示は「38度9分」を示した。
「様子見て病院だね。着替えて寝てなさい」
「うい……」
私は言われるがままに部屋で横になった。
すると程なくして弟の声が聞こえてきた。
「ただいまー!!!」
すると今度はママの声。
「夕飯食べる?」
「いや、多分レンの家で食べると思う!」
弟はけたたましくランドセルを部屋に投げ置くと、元気に家を出た。
――私は気付いた。
ママは私達が何かを言う前に、その先の質問をしていることに。
予め連絡をしている訳でもないのに、思い返せばママはいつも私にとって嬉しい提案をしてくれる気がする。お風呂だったり、食べたいものだったり。
「ただいま、かな」
私は独り言ちる。
そう、ママはきっと私達の「ただいま」の声音やシチュエーションで判断して、ほしい言葉をくれているのだ。それ以外にヒントはない。
要するに、うちのママは「ただいま鑑定士」だ。それも一流の。
不意にママが部屋に入ってきた。
「どう? 食欲ある?」
「うーん……あんまり」
「だよね」
するとママは、スマホを取り出して何かを入力し始めた。
「どうしたの?」
「パパに連絡してたの。アズが風邪引いたから何も買ってこないでねって」
「そ、その予定だったの?」
「分からない。ただ今日出かける時にね、帰宅時間を宣言してたもんだから、何か考えてそうだなーって思っただけ」
そういってペロリと舌を出す。
パパ……ばれてるよ。相談してくれたサプライズケーキ作戦。
ママを驚かせるには「ただいま」はもちろん、「いってきます」にも気を付けないといけないみたいだ。
■おわり■
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