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貧しさから僕は大学進学を諦めた。
街を出て誰とも連絡を絶ち、孤独な生活を送っている。
唯一つながっているのは高校時代の友だち、山田ぐらい。
そいつとももう数年疎遠だったが。
ある日、高校の同窓会があるとメッセージをくれた。
同窓会か―。
その響きに心が揺れる。
真っ先に思い浮かべたのは、秋吉奈々のこと。
はにかむ笑顔がかわいい可憐なコだった。
密かに「僕の天使」と呼んだりして。
話しかける勇気もなく、遠くから眺めていただけだった。
それでも一度、話をしたことがある。
放課後の教室、僕は窓際の席で小説を読み耽っていた。
「推理小説読むんだ?」
声がして顔を上げると、奈々が微笑んでいた。
「それ、私も読んだことある。おもしろいよね」
「うん…あっという間に後半になってた」
「最後がどんでん返しなの」
「待って。犯人、言わないでよ?」
そんなやり取りで笑い合ったっけ―。
僕にとっては大事な思い出だ。
本を全部読んだ後、感想を言い合いたかったけど。
奈々は友だちにいつも囲まれていて、話すきっかけがないまま卒業した。
あれから10年。
今、奈々はどうしているのか?
僕のことを覚えているだろうか?
平凡で目立たなかったけど、同じクラスにいたんだし。
ちょっと顔を出すぐらいなら…。
迷いながらも淡い期待を抱いて同窓会への出席を決めた。
ところが、当日。
無情にも急な仕事が入り、参加を断念した。
仕方がない、縁がなかったってことだ。
後で山田から盛り上がったのにと報告を受ける。
話を聞くうち、耳を疑った。
奈々が僕の欠席を残念がっていたというのだ。
僕を覚えていてくれたんだ…と、胸が高鳴った。
会いたい―。
きっと僕が奈々を想うように。
奈々も僕のことが気になっているのかもしれない。
この気持ちを山田に相談してみると―。
協力すると言い、すぐに連絡を取ってくれた。
そしてついに今日、再会を果たす時が来た。
待ち合わせ場所は夜景が見える静かな公園。
僕は仕事で着ている中の一番高級なスーツで出かけた。
約束の時間、街灯の下にひとりの女性の人影があった。
華奢で小柄な体形、会社帰りのOLといった清楚な装い。
長い髪をひとつに束ねている。
「秋吉さん?」と声を掛けた。
暗がりの中で街灯の光がくっきりと美貌を浮かび上がらせた。
あどけない少女の面影を残しつつも洗練された大人の魅力。
「中野くん? 久しぶりね」とニッコリする奈々。
その微笑みに目を奪われて―。
しばらくの間、時が止まったかのように、ただ見つめていた。
その時―。
間の悪いことにスマホが鳴り響き、現実に引き戻された。
上司からだ。
応対した後、電話を切ってため息をつく。
この恋はお預けのようだ。
「ごめん、急用が入って…行かないと」
「仕事?」
寂しそうな表情の奈々に僕は頷く。
「私も仕事を頑張ってるの」
「へえ、どんな?」と尋ねたその瞬間―。
突然「確保~!」と大声がとどろいた。
途端に複数の警察官に取り囲まれる。
何が起きたのか理解できず、僕はその場に呆然と立ち尽くしていた。
ゆっくり近づいてきた奈々は僕の腕を勢いよく持ち上げて―。
「20時12分、中野雄太、融資保険金詐欺の容疑で逮捕する」
手際よく手首に手錠をかけた。
「私、刑事なの」
僕の足取りをつかむには苦労したらしいが。
仲の良かった友人を見つけ出してからは容易かったという。
山田と連携して逮捕のタイミングをうかがっていたのだ。
同窓会という設定も僕をおびき寄せるための作戦。
実際にはおこなわれていなかった。
「悪く思わないで。今の電話は組織のボスよね? このままだと、もっと深い闇に引きずり込まれるとこだったわ。私は中野くんを救いたかったの」
そうだ、好きで犯罪に手を染めたわけじゃない。
がむしゃらに生きているうちに悪い方向に流されて―。
気がつけば詐欺に加担して、抜け出せなくなっていた。
救われたんだ―。
「僕の天使」は、やっぱり今も変わらず天使だったのだ。
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