第20話 陽太

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第20話 陽太

 信者たちがあらかた退室し終え、がらんとした礼拝堂に並べられたパイプ椅子に座って語り合う、五十嵐と藤村、そして神父の重盛…  「やっぱ、重盛さんのようには、いかないっすわ」  「私の時だって、すべて上手くいってたわけじゃないぞ」  ふてくされ気味に嘆く五十嵐を、重盛が慰めている。  「それでも地道に活動していれば、そのうち私のように認められて、神父に――」  「オレ、ぜってえ、ならないっすから」  「まぁだ、それを言うのかぁ?」  「じゃあ神ってヤツがいんなら、どうしてこの社会は、こうもフェアじゃないんっすかッ?!」  いきなり(まく)し立て始めた五十嵐に、藤村が驚いた顔を向けている。  「どうして、ああいう不幸な子供たちが、後を絶たないんっすかッ?!」  苦り切った顔で聞いている重盛。  「それも神が定めたことだと言うん――」  「ちょっと!」  藤村が五十嵐の前に、サッと左手を差し入れる。  「重盛さんが、悪いわけじゃあないでしょう?」  「――ご…、ごめん…」  うなだれてしまう五十嵐である…  「――いや…、キミの気持ちは、痛いほど分かる」  重盛が、スッと立ち上がる。  「私が『マザーポート』の代表理事をしていた時も、同じように葛藤(かっとう)していた」  五十嵐が顔を上げて、重盛と視線を合わせる。  「クリスチャンの洗礼を受けているのに、神への疑問を抱いたこともあるが…」  「…神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません」  また聖書の暗唱(あんしょう)かよと、うんざりした顔の五十嵐。  「むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます…」  ※ 聖書引用 ~ コリント人への手紙第一10章13節  重盛が向きを変え、十字架に(はりつけ)られたキリストの木像に視線を向ける。  「その脱出の道に導いてあげるのが、我々の役割なのでは?」  「………」  五十嵐がキリストの木像を、(にら)みつけるように見つめていた…  ★  ★  場面は変わり、新宿歌舞伎町一番街では――  月曜の夕方ではあるが、かなりの人混みで(にぎ)わっている。  クリスマスソングが街頭スピーカーから流れ、腕を組み合うカップルたちも目立つ。  そんなムードが(ただよ)う人混みの中を、黒デニムショートパンツを穿()き、グレーのニットの上に白ボアジャケットを羽織る綾が、通行人を()けながら歩いている。  綾の隣には、黒のタイトワンピースの上にグレーレギンスをレイヤードして、グリーンのショート丈ダウンコートを羽織る愛莉が、その後ろには少女らしい服装をした愛莉の妹が歩いている。  高校の終業式を終えた綾は、自宅で着替えてから歌舞伎町にやって来た。  小学4年生の愛莉の妹が、冬休みになる前にトー横を見てみたいというので、付き合っているのだ。  繁華街に来るのが初めての妹は、愛莉のダウンコートを右手でしっかり(つか)んで(おび)えているようだ。  「名前、なんての?」  「結菜」  妹をチラ見して()く綾に、愛莉が答えている。  当の結菜は、キョロキョロしまくっていて落ち着きがない…  「――なにぃ?あれぇ!」  歌舞伎町一番街通りを抜ける所で、結菜が眼の前の東宝ビルの屋上を指差して、気味悪がっている。  「――あぁ…」  面倒くさそうに愛莉が、視線を向けている。  「ゴジラ」  「ゴジラ?」  「そう。ゴジラのアタマ」  ――あんなの、あったんだ…  つられて綾も、一部分しか見えていないゴジラヘッドを見上げている。  「見たいィィ~!」  結菜がダダをこねるので、極めてウザそうな表情で愛莉が歩き出す。  綾も二人のあとに、ついて歩き出す。  ――トー横に来ても、周りなんか見てなかったもんな…  あらためて綾は、きらびやかなネオンが無数に(とも)る歌舞伎町の街を見渡している。  闊歩(かっぽ)する人々は、日が暮れると若い世代が中心になるが、その属性はさまざまだ。  外国人であろう通行人も目立つ街には、活気が満ち(あふ)れている…  2016年の7月25日付で、セントラルロードから名称を変えた、ゴジラロードの中ほどにあるカラオケ店の前まで来て、愛莉がクルリと振り返る。  「――すっごーい!!」  全体像を(あら)わにしたゴジラヘッドを見て、結菜が眼をキラキラさせている。  別にあんなの――という具合で、ソッポを見ている愛莉に対し…  あどけない顔で笑う結菜を、綾は心を揺さぶられたかのように、ジッと見ている。  ――あたしにも、あんな時があったのかな?…  スマホでゴジラヘッドを撮りまくっている結菜を、微笑ましそうに見ている綾。  「ほらぁ、行くよぉ~!」  愛莉が結菜の肩を叩いて、()かしていると――  「田澤じゃんか?!」  いきなり背後から大声で呼ばれたので、ギョッとした綾と愛莉が振り返ると…  ★  パーカーにジョガーパンツと上下黒で(そろ)えた、あどけなさが残る顔のキャップを(かぶ)る少年が立っている。  「――…陽太?」  「そうだよ!卜部(うらべ)陽太だよ!」  唖然としていた愛莉の表情が、みるみる(ゆが)んでいく。  「――なんの用?」  「おいおい、久しぶりに元カレに会ったってのに、つれねぇなぁ~」  ――陽太かぁ~…  以前と変わらない同じキャップを被った陽太を、眼を丸くして綾が見ている。  陽太は綾たちと、トー横で同じグループにいたのだ。  「あんたと付き合った覚え、ねぇし!」  「一夜の(ちぎ)りを結んだじゃんかぁ~」  ――…そうだった!  二人の会話を聞いた綾に、記憶がよみがえる。  ――愛莉と陽太、ワンナイトしたんだ…  「一夜の契りってぇ?」  不思議そうな顔をして、結菜が愛莉に訊いている。  「あんたは、すっこんでなッ!」  真っ赤な顔の愛莉に怒鳴られた結菜が、泣きそうな顔になっている。  それを見た綾が、結菜をなだめようと(かたわ)らにしゃがみ込む。  「――あれは…、一生の不覚だった…」  「すっげえ言い方してくれんねぇ、おめぇ…」  睨み合う愛莉と陽太を、(まゆ)をひそめて見上げている綾…  「――お姉ちゃぁん、一夜の契りってぇ?」  ベソをかきながら結菜が、綾に訊いている。  「う~ん…、それはねぇぇ…」  どう教えてやったものか、綾が頭をフル回転させている。  「――おめぇ…、キムラだろ?」  陽太がいきなり名前を呼ぶので、綾がギョッとしている。  「イメージ変わってたから、分かんなかったけど…」  ジョガーパンツのポケットに両手を入れた陽太が、綾を見下ろしている。  しゃがみ込んでいる綾は、怯えるように陽太を見上げている…  「――探してたんだ…」  路上に(たたず)んで対峙(たいじ)する四人を一瞥(いちべつ)することなく、ゴジラロードを大勢の通行人たちが通り過ぎていた…  ★  ★  「…あたしに、なんの用?」  顔をしかめた綾が、精一杯の虚勢を張っている。  「おいおい、そんなに突っかかんなって」  ポケットから出した両手を広げて、おどけている陽太。  「おめぇ…、芹澤と付き合ってんだろ?」  「――ちょっと!」  顔色を変えた綾の前に、サッと入り込んで(さえぎ)る愛莉。  「いい加減に――」  「おめぇに用は、ねぇんだよッ!!」  凄みを効かせて睨む陽太に、愛莉がたじろいでいる。  ――なんだ?…  ヤクザまがいの迫力の陽太に、(まゆ)をひそめている綾。  陽太が被るキャップの端には、金色に染めた髪が…  ――陽太って…、こんなだったっけ?  「カ…、駆琉になんの用か知らないけど――」  「あ?」  気を取り直した愛莉に、再び凄む陽太。  「カ…、駆琉は今――」  「知ってんだよ、パクられてるってぇ」  両手ポケットの陽太が、(あご)をしゃくってドヤ顔でいる…  「だからよぉ、ちょっと伝言してもらいてぇんだわぁ、ヤツに」  左右の肩を(いか)らせながら、陽太が綾を見下ろしている。  「キムラなら、サツ(警察署)で面会出来んだろぉ?」  「頼むよぉ、キムラぁ…」  「――ちょっと、待ってったらぁ!」  愛莉が、綾と陽太の間に再び立ちふさがる。  「いま綾と駆琉は、ビミョーなんだからさぁ!」  睨みつける陽太の前で、鬼気迫る表情の愛莉。  「放っといて欲しいんだわァ!マジでぇ!!」  「――アあぁ?!…」  陽太が愛莉に、顔を近づけて凄んでいる。  「俺はぁ、キムラと話してンだよぉッ!!」  陽太が右手を振り上げたので、思わず愛莉が眼をつぶってしまう…  次の瞬間、振り上げた陽太の右(こぶし)が、ガッチリと摑まれる。  「――女の子に手を上げるなんて…、最低ね」  ギリギリと右手首を握り絞め上げられた陽太が、顔をしかめて振り向くと――  摑んでいるのは、新宿中央署女性刑事の藤村だ。  その(すき)に結菜が、愛莉の元に走りギュッと抱きつく。  立ち上がった綾が、二三歩後ずさりする。  仏頂面の藤村が力を緩めると、素早く右手を引き抜いた陽太が身構えた。  「――てっ、てめぇッ?!」  パーカーのポケットからジャックナイフを取り出した陽太が、刃先をピンと立てる。  そしてナイフを突き出して、藤村に飛びかかるが――  藤村は刃先をサッとかわすと、躊躇(ちゅうちょ)なく右肩で陽太の右腕を抱える。  (まばた)きする間もなく、あっという間に陽太の身体が宙に浮いてしまう。  陽太の被っていたキャップが、外れてフワリと舞う。  露わになった陽太の金髪が、宙で揺れている…――  ――ドスッッ!  いつの間にか綾たちの周囲に集まった野次馬たちが、背負い投げされた陽太が地面に叩きつけられた大きな音に、一斉に仰天していた…
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