運命の一殺

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運命の一殺

 今回で三回目だ。これからは悪徳探偵ならぬ、悪運探偵とでも命名してやることにしよう。  最近管轄内で頻発している通り魔事件。その被害者のひとりである探偵の病室に、刑事は部下と共に足を運んでいた。 「私を襲った犯人は、法律家を志している若者ではありませんか」  開口一番当たり前のように尋ねられ、ふたりの刑事は唖然とした。 「頭を殴られた瞬間に見えたんです。犯人が私に向かってふりかぶったのは分厚い、大きめの一冊の本で、そこに書かれていた単語も」  相変わらず、目ざといというかなんというか。  ある事件関係者を警察の内部情報を利用して脅し、それが元で何者かに殴られ、間際に残したアナグラムによる犯人の名前といい。自室で何者かに刺され、またも間際に窓ガラスへと書き残した血文字による犯人の名前といい。  全くもって油断ならない男である。  この悪運探偵の言った通り、逮捕された二十代の青年は、両親共に法曹界の人間で、そんな両親と同じように未来の法律家を目指し、日夜勉強に励んでいた。そんな若者が起こした事件が、この探偵を含め複数の人間が襲われた通り魔事件だ。  その取り調べをミラー越しに見つつ、刑事はその事件で使われた凶器の意味について考えた。  彼は何故、犯行にを、凶器として使っていたのか。通り魔の犯行については素直に供述していたが、その動機、使っていた凶器の何故には深く話そうとせず、ただ一言、壊したかった、とだけ呟いていた。 「何故、犯人は自らの未来の象徴たるそれを凶器として繰り返し使ったのか。私なりに考えてみましたよ」  こちらの疑問を見透かしたように、探偵が勝手に話し始める。 「両親揃って法曹界の人間という法律一家なんですよね。新聞で見ました。その、生まれた頃からの親のしいたレールの上を歩くことを義務付けられた未来。そんな未来を、彼は壊したかったのかもしれません。その象徴ともいうべき一冊を、あえて凶器として使って」  探偵の講釈を聞きつつ、刑事はこの事件の凶器として使われたを、思い返していた。 『六法全書』  そう書かれた、分厚い、背表紙の角に血の付着した一冊を。  不意に携帯のバイブ音。署内の部下からだ。嫌な勘が、働いた。 『先ほどまで意識不明だった被害者、先ほど、息をひきとったそうです……』 「……そうか」  刑事は、音にならないほど小さく、息を吐いた。探偵が小憎らしく首を傾げる。  できれば、そうならないことを願っていた。  だが、ついにあの凶器の一冊が、彼の、一番最悪の運命の一冊と、なってしまったのだ。  どうせ死ぬならこいつの方が。  そう心の奥底で呟いてしまったことは、隣の部下にも、目の前の探偵にも内緒だ。
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