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より濃くなった爽やかなデオドラントウォーターの香りが、これが夢じゃないって言ってる気がした。
そして唇が離れて、彼はゆっくりと目を開いた。
「メロンパンみたい」
「ガサガサってことですか⁉︎」
「んな訳ないだろ。めっちゃ甘くてふわふわしてる」
至近距離で見つめ合ったまま、大きな掌から伸びる長いゴツゴツした指が、キスを終わらせないみたいに私の唇をなぞる。
分厚いしっかりした彼の手は、繋いでみるとやっぱり少しあったかくて、すごくドキドキしたことを覚えてる。
その手が唇から離れると、顔を上げた彼は照れを誤魔化すみたいに、私を後ろからギュッと抱き締めた。
付き合い始めてから二年間、こうやってハグされることも初めてくらい、手を繋ぐ以上のドキドキはなくて、女として見られてないんじゃないかって、ずっと思ってた。
でもこの日、高三の夏の花火大会の夜に、私は生まれて初めてキスをした。
「来年は浴衣着てくれよ」
「そっちも着てくれるなら」
花火よりもうるさくなった心臓の音が気になって、ぶっきらぼうに答えるけど、これは本音。
彼は大抵ツナギを着てて、それ以外の私服姿を見掛けることはない。
本人には直接言えないけど、こんなにカッコいいんだから、浴衣姿なんて色気が溢れて直視出来ないかも知れない。
あの頃の私は、そんなことを思う瞬間すら、くすぐったいほど愛おしくて仕方がなかった。
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