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「村長、お呼びですか」
「ああ、呼んだ。二十分前にな」
ソファに座ったまま村長が腕時計に視線を落とした。口元は歪んでいる。
「遅くなって申し訳ございません」
秘書は深々と頭を下げた。
「呼ばれたらすぐに来い」
村長は言葉を吐き捨てた。
秘書は一瞬ムッとした。
「ところで、ご用件は?」
秘書は気を取り直して訊いた。
「このポスターを村のすべての掲示板にすぐに貼ってこい」
村長はテーブルに置いてあるポスターを顎で差した。
「これをすべての掲示板にですか」
秘書はポスターに視線を落とした。そこに書いてある赤い文字が目に飛び込んできた。
『三年以内に村人から集めている税金を半分にする』
それを見た秘書は目を丸くした。
「三年以内に税金を半分にするんですか」
「そうだ」
村長はソファに体を預けふんぞり返る。
「そんなことしたら、村の財政は大変なことになります。さすがにこれはどうかと思いますが」
秘書は背筋を伸ばし勇気を出した。
「わしに意見するのか」
村長がギロリと秘書を睨んだ。
「いえ、そういうつもりはございませんが、さすがにこれはと思いまして」
秘書は怯みながらも意見した。
「心配するな。本気でこんなバカなことをするわけがない。ただのパフォーマンスだ」
村長はニタニタと笑みを浮かべた。
「ただのパフォーマンスですか」
「そうだ。票を集めるためのな」
村長は笑みを浮かべたままだ。
「票を集めるためですか」
「そうだ。次の村長選挙に勝つためだ」
村長がソファに預けた体を起こした。
「こんな公約をして守らなければ、暴動が起こりますよ」
「お前はまだまだわかっとらんな」
村長が秘書に人差し指を向けた。
「なにがわかっていないのでしょうか」
「村民のことがじゃ」
「村民のことですか」
「ああ、奴らは一週間もすれば忘れる。票さえ集めれば、あとはこっちのもんだ。一週間くらいは公約を守れとか言って騒ぐだろうが、そのあとは忘れよる」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ。いつものことだ」
「ついでに、わしらの給料も半分にする」
「給料半分は、ちょっと厳しいです」
「これも票を集めるためだけのものだ。本気にするな。お前は言われた通りにやればいい」
「わかりました。私はこのポスターをすべての掲示板に貼りに行きさえすればいいんですね」
秘書はテーブルの上にあるポスターをまとめて持ち上げた。
「いや、ちょっと待て」
村長が右手で秘書を制した。
「なんでしょうか」
「いっそのこと、お前が村長に立候補しろ」
「私がですか」
秘書は首を傾げた。
「そうだ、お前が村長に立候補しろ」
「私が村長と選挙で争うなんてことはできません。勝てるわけありまさんし、選挙費用のムダになるだけです」
「誰がわしとお前が選挙で争うと言った。わしは引退するから、お前がわしの代わりに選挙に出るんだ」
「それは私には荷が重すぎます。私が村長になっても、村の運営については全くの無知です。村が滅びてしまいます」
「心配するな。村の運営はわしが何とかしてやる。お前は選挙に出るだけでいい。お前のルックスと若さは票を集めるには大きな武器になる」
「票を集める武器になりますか」
「ああ、お前が立候補して、税金を半分にして、わしらの収入を半分にすると公約をあげるんだ。これで間違いなく票は集まる」
「本当に大丈夫なんでしょうか。村民から公約違反だと叩かれないでしょうか」
「一週間の辛抱だ。それを乗り切れば、わしらには華やかな毎日が待っとる」
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