0人が本棚に入れています
本棚に追加
「陽花、面接受かったでしょ? 店長、陽花みたいな真面目そうな子、好きだから」
あまりに落ち込み、日に日に痩せこけていく私を見かねて愛奈が居酒屋のバイトを紹介してくれた。愛奈は私とおなじく剣道サークルだが、学科は啓とおなじ法学部。だから私たちが別れたことをいち早く察し、慰めようとたくさん話しかけてきた。
文学部の私は、啓との直接的な接点はもうない。
「うん、思ったより優しそうな人でよかった」
「いつから働き始めるの?」
「来週の火曜日」
「いきなり金曜はやだもんね」
どうやら愛奈とシフトをかぶせてくれているようだ。
鬱々とした生活には変わりないが、少しでも忙しくしていれば啓のことを考えなくてすむかもしれない。そう、願った。
仕事自体は単純なものだった。レジは覚えるのに少し掛かりそうだが、基本的にはメニューを覚えさえすればなんとかなりそうだ。厨房もいずれはやることになるだろうが、初めはフロアの掃除ばかりをした。
新しいことを覚えなくてはいけないので、脳の容量をそちらに割くので他を考えなくていい。
バイトメンバーの名前を覚えて、挨拶をして、初日としてはいい印象で働けたと思う。
「どう? 陽花ちゃん、続けられそう?」
帰り際、男の先輩が声を掛けてくれた。バイトの名札は「こーき」と書いてあったので、名前はわかる。
強めのツイストパーマが似合う背の高い男性。たぶん少し年上だと思う。大学は違うと思う。流石に学生全員の顔はわからない。けれど雰囲気がもっと知的だ。私たちの大学の近くにある国立大の人かもしれない。
「頑張ります。お客さんにも声かけてもらえて、少し緊張しました」
「常連が多いからね。名前覚えてもらえると、うれしいよね。疲れちゃわない程度で長く働いてくれると嬉しいな」
こーきさんはそう言って、にこっと笑った。
「さっき光輝さんと話してたね」
深夜にやっている食堂でラーメンを食べながら愛奈が言った。
「光輝さん、かっこいいし優しいし、いいと思うよ」
愛奈はそう言うが、私は何も答えなかった。
愛奈が言わんとすることを理解している。
啓に固執せずに新しい恋を見つけろと。
そんなことできるわけがない。
他人を見るたびに啓との違いを考えてしまう。それなのに新しい人を見ろと。
横目で愛奈をちらっと見て、無心でラーメンを啜った。
日付を越えてから食べるラーメンは罪悪感もあいまってとても美味しく感じる。
最初のコメントを投稿しよう!