6kgの鉄球

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 群馬県の高校2年生、秀樹の話し。  彼は陸上部で、砲丸投げの選手をしている。  高校生男子が使用する砲丸は、直径11〜13㌢、重さ6㌕の鉄球である。  県の高校総体を一週間後に控え、秀樹は飛距離が伸び悩んでいた。  彼の自己ベストは11・8㍍だ。  県の高総体では、上位6位までの入賞者が、次の北関東大会に進出する。その入賞を狙うには、12㍍以上の飛距離が目標だった。  あと一週間で砲丸投げの飛距離を伸ばすには、どうすれば良いか? 秀樹はその悩みを、部活前にSNSに投稿してみた。  悪ふざけのリプが来た。 『12㍍先の地点に、憎い奴の姿を想像して、そいつに当てる気で投げれば、馬鹿力が出るんじゃね?』  これに秀樹は衝撃を受けた。真面目な彼は、スポーツに憎悪を持ち込むなど、不謹慎だと思っていたからだ。この方法を、秀樹は試してみる事にした。  部活が始まり、校庭の砲丸投げのサークルに入った秀樹は、その12㍍先に憎い奴の姿をリアルに想像した。それは彼が週末だけバイトしているコンビニの店長だ。秀樹やバイト仲間が仕事で何かミスをする度に、 「使えねぇなぁ」  と嫌味を吐き、皆から怨みを買っている。  秀樹の視界の先には今、VR映像の如く、リアルな店長の幻像が浮かび上がっている。  秀樹は右手で砲丸を持ち上げ、その球面を右の首筋に宛てがい、投球フォームからグライド投法で、店長の幻像めがけて投げ付けた。だがその砲丸は、店長の50㌢も手前に落下した。  その時、幻像のはずの店長が、勝手に喋り「使えねぇなぁ」と秀樹を罵った。  秀樹はブチ切れ、更なる憎悪を燃やして、2投目を投じた。それは店長の20㌢手前まで届いた。自己ベストタイの11・8㍍だ。  明らかに普段より調子が上がり、秀樹はこの練習方法に執心した。  高総体まで連日、怨めしい店長への投擲を続けた結果、平均飛距離は伸びたが、残念ながら自己ベスト更新には至らなかった。  そして迎えた高総体当日。  試合のサークルに入った秀樹は、右の首元に砲丸を持ち上げ、投球フォームに構えた。  突如、耳元で「使えねぇなぁ」と声がした。  慄然とし、横目で砲丸を見ると、なんと店長の生首に変わっていた。この一週間、店長に募らせた憎悪が呼んだ生き霊か。  そこで秀樹はハッと気付いた。6㌕と言えば、丁度大人の頭と同等の重さだ。  幻像の店長に砲丸を当てるのではなく、砲丸の方を店長の頭に見立て、その頭を12㍍先まで投げる事が出来たら、本人の頭が割れると念じて投擲すれば良かったのだ。 「おりゃあ!」  秀樹は渾身の力で、店長の生首をブン投げた。高々と放物線を描いたそれは、秀樹以外の人達の目には、普通の砲丸にしか見えていない。  飛距離は12㍍に達し、落下した瞬間、鉄の塊である砲丸が砕けた。秀樹の視点では、店長の生首の頭が割れた。  その頃、コンビニで店長が転倒し、床に強打した頭が割れた。  
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