*2 モテるふたりからの“おつかい”とそれに隠されている本音

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*2 モテるふたりからの“おつかい”とそれに隠されている本音

 兄ちゃんは父さんに似てきりっとした眉毛と目許をしていて、輪郭もシュッとして背が一七〇近くと高くて手が大きい。  僕はそんなに背も高くないし、兄ちゃんと違ってシュッとした顔立ちでもなく、まあ十人並みな顔だと思う。  一昨年ぐらいから兄ちゃんは目が悪くなってメガネをかけ始めたんだけれど、それがまた兄ちゃんを無駄にかっこよく魅せるともっぱらの評判だ。  対する聡ちゃんは、身長は僕と同じ一六〇ちょっとくらいで、兄ちゃんに比べると輪郭は丸っこいしクセ毛な髪がふわふわしている上に人懐っこい顔で良く笑って子犬みたいに元気だ。実際聡ちゃんは人懐っこい。 カッコ良くて勉強もデキる兄ちゃんと、懐っこい子犬みたいな雰囲気で癒し系な聡ちゃん。  相反する雰囲気なんだけれど、ふたりは中学に入った辺りからそれぞれすごく女子にモテるようになった。  モテるようになったけれど、ふたりはあんまり嬉しそうじゃない。呼び出されたり手紙をもらったりしてもそのすべてを断ってしまうのだ。それも、僕を使って。 「ナツ、お前、一年三組の向井なつみって知ってるか?」 「向井さん……ああ、うん、委員会で一緒だけど」 「じゃあ、ちょうどいいわ。“おつかい”してくれよ」 夕飯後、自室のベッドで寝転がって漫画を読んでいたら、兄ちゃんが部屋に来て何かメモ紙のようなものを差し出してきた。 何か嫌な予感がする……差し出されたそれを受け取りちらりと開いてみたら、案の定、『ごめん、つきあえない 梶井賢吾』と、書かれていた。 ……またか。僕は今月に入って二度目になる“おつかい”にうんざりする。 僕が中学に入ってもうすぐ最初の夏休みを迎えようとしているんだけれど、僕がいま兄ちゃんに手渡されたような手紙の“おつかい”をするのは月に数回の頻度である。しかも、兄ちゃんだけで、だ。 しかも聡ちゃんからも同じようなことを頼まれることが多く、毎週のように僕は学校のあちこちの女子にこういう手紙を渡したり伝言したりしている。 要するに、ふたりがそれぞれ色んな女子から告白されて、そのお断りを託されているというわけだ。 「えー、やだよ。兄ちゃん自分で言うなり渡すなりしなよ。なんでいつも僕なんだよ」 「三年が一年のとこ行くと気まずいだろ。それに、良い話じゃないんだしさ」  相手がみんなの前で泣いちゃったりしたら可哀想だからさ、とか何とか言って、無駄にこうやってやさしく気づかいできたりするから、兄ちゃんはまた無駄にモテてしまう。やはりヒーローたるゆえんなんだろうか、なんて思ってしまう。  聡ちゃんは聡ちゃんで、「俺、手紙とか苦手だからさ、ナツが伝えといてよ。ごめんねーって」って、悪びれる様子なく言ってくるし。聡ちゃんはやさしさよりもあっけらかんとしている感じが逆に相手にウケてしまうらしく、これもまた無駄にモテを爆上げしてしまう。  べつに、僕だってふたりそれぞれの断り方に心を砕いたりすることなく、無碍(むげ)にしたっていいんだと思う。だって僕には関係ないし。感じ悪く断って、ふたりの評判を落とすことだってできなくはない。  でもしないのは……やっぱり僕にとってふたりは、特に兄ちゃんはヒーローのように輝いていて欲しい存在でもあるから、ヘンに貶めるようなことはしたくないのも本音なんだ。  それもあるけれど、あんまり告白を断ってばかりいたら、それこそフツーに感じ悪くならないのかなってこっちが心配になるのに、本人たちは気にしていない。 「泣かせて可哀想だとか思うなら、一度誰かと付き合ってあげればいいのに」  それなら僕のヒーローである兄ちゃんの評判が悪くなるようなことはなくなるかもしれないじゃん、って暗に思いながら僕が言っても、兄ちゃんは僕が何もわかっていない小さな子どもであるかのように(まあ実際そうなんだろうけれど)見て、溜め息をつく。 「お前さあ、付き合うってことはお互い好き合ってなきゃ意味ないだろ? お情けで付き合ってもらったりしても虚しいだけだろうが」 「でもさぁ、みーんな断ってるじゃん。なんで? もし好きな人がいるならちゃんとそう言いなよ。ごめん、だけじゃ相手も納得しないんじゃない?」  僕は告白だとか呼び出しだとかされたこともないし、少し兄ちゃんのモテぶりとモテから来る余裕みたいな態度に腹も立っていたから、意地悪な気持ちになってそう言ってみた。どうせ兄ちゃんは僕の気持ちも知らないし、聡ちゃんが好きなくせに、って。しかもそんな聡ちゃんともほぼ両想いだしね、ってちょっと苛立ちもしながら。  兄ちゃんが困った顔するのが見たくて意地悪なそんなことを言っただけなのに、兄ちゃんはますます僕が何もわかっていない子どもだと言いたげにため息をついて頭を撫でてきた。そのやさしい感触が、無駄に僕の心を乱す。 「好きだって言っていい相手なら、とっくにそうしてるよ」  僕の頭を撫でてきた兄ちゃんの顔は、やさしいけれどすごく泣きそうな傷ついた顔をしていた。  あ、ヤバい……言っちゃいけないこと言っちゃったんだ……そう、すぐに気付いたけれど、なにをどう謝っていいのかがわからなくて、僕はただ俯くしかなかった。  兄ちゃんが、自分が聡ちゃんを好きなことを、僕が気付いているのを知っているのかはわからない。気付いているかもしれないし、気づいていないのかもしれない。でも僕の気持ちなんて、そのせいで意地悪なことを言ったなんて知るわけがない。  理由がなんであったとしても、いま僕が言ってしまった言葉は、許されるものじゃない。たとえ兄ちゃんの好きな人が、聡ちゃんでなくても、兄ちゃんから明かされていないのだから。  兄ちゃんの立場とか、相手……たぶん、聡ちゃんの立場とかを考えたうえで兄ちゃんが、「言えない」と思っているのに、僕がどうこう言っていいものじゃない。  最悪だ、僕……いくらイライラしているからって、言っていいことと悪いことがある。  せめて謝ろう、と思って顔を上げたら、兄ちゃんは僕にさっきのメモ紙を僕の勉強机に置いて、「……じゃ、悪いけど頼んだわ」と言って出て行った。  その横顔はやっぱり悲しげで、僕は居た堪れなくて泣きそうな気分になる。  兄ちゃんは何も悪くないのに。悪いのは僕の器の小ささなのに。ちゃんと謝れなかったことを悔やみながら、僕は机に置かれていたメモ紙をカバンにしまった。  僕が兄ちゃんみたいにカッコ良かったり、聡ちゃんみたいに愛嬌があって兄ちゃんに愛されるやつだったりしたなら、ふたりが抱えている悩みのカケラぐらい理解できるんだろうか。そんなことを考えてしまうこともある。  だけど……好きな相手を素直に好きだと思って許されるのかわからない気持ち、というのがどれだけ辛いのかは少しは想像できるつもりだ。  だって、僕は好きである人にそもそも想いを伝えてはいけないから。  でも、僕は兄ちゃんでも、聡ちゃんでもないし、ましてや好きでもない相手からモテて困ったこともないから、やっぱりふたりの抱える悩みの本当のところはわからない。少なくとも、僕よりも可能性があるはずなのに。 「……それでも、好きになっちゃいけない理由ってあるのかな、やっぱ」  “おつかい”を頼まれたその晩、僕はベッドの中に潜り込みながらひとり呟いて、兄ちゃんが言った言葉の意味を考えてみる。  兄ちゃんが聡ちゃんを、聡ちゃんが兄ちゃんを好きだとして……そうであるとなにが悪いんだろうか。  すぐに浮かんだのは、「周りと違う」ということと、「あんなに女子にモテるのになんで?」とか、「もったいないな」とかみんなからよく言われることだ。  もったいない……って、それって周りの感想であって、兄ちゃんや聡ちゃんのじゃない。それにそういう考えが的外れであることは僕が一番わかっている。  現にふたりはいつも女子からの告白とか呼び出しとかを断っているんだから、もったいないとは思っていないんだろうし、そして同時に、女子にモテることはふたりにとっては意味がなくて、どうでもいいことだ。  そこが、「周りと違う」ということに繋がるんだろうけれど……それが過ぎった途端に、僕はすごくさわさわした気持ちがした。心許ないような、頼りないような、独りぼっちなような。  独りぼっち……そうか、周りと違うかもしれないと思うことは、周りに誰もいないのと同じだ。それってすごく寂しくて心細くて、苦しくても苦しいとも言えないことだ。しかも相手が自分を同じように好きでいるかもわからないのに。 (……それって、めちゃくちゃシンどい……だって、周りと違うってだけでも不安なのに……)  僕は過ぎった考えの衝撃に思わず体を起こして、暗い部屋の中の、右隣の壁に触れた。隣には、兄ちゃんの部屋がある。  壁に耳を当てると、低く小さく兄ちゃんが最近好きな外国のロックバンドの曲が聞こえた。  なんて唄っているのか全然わからなかったけれど、激しい音楽と唄声がいまのぐるぐるしている兄ちゃんの気持ちに合っているのかなって思うと、ちょっと切なかった。  僕は、兄ちゃんと、できたら聡ちゃんにしあわせでいて欲しい。だってそれは兄ちゃんには愛されることは絶対にない僕がしあわせになる事にも似ている気がするから。  そのために何かできることってあるんだろうか。告白してきた女子への“おつかい”みたいに、誰かが嫌な思いをするようなのじゃなくて。  そんなことを考えながら僕はまたベッドに潜り込んで、考えているうちに眠ってしまっていた。
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