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雲がたなびいた。
こんな状態のことをなんというのだっけ。えっと…
「靉…靉靆だっけ」
僕はスマホを片手に雲を見つめた。
小さな鉢に入ったサボテンがおいてあるだけ。それだけのベランダ。
僕はそこに静かに存在していた。
笠木に右手を置き、少しだけ体重をかけた。
カチカチと時計の針が動く。
雲はせかせかした時計とは真逆に、ゆっくり流れていった。
そんな雲を見つめながら、無意識にスマホをいじる。
「通じないな…ネット」
僕はスマホを空の方へ向ける。が、ネットが繋がる気配はない。
「流石に無理か」
スマホをポケットに仕舞う。
そして、また空を眺めた。
「信じられないな…こんなに青いなんて」
かすかに温かい風が吹き抜けた。
サボテンの蕾が揺れたような気がした。
僕は雲から目を離し、サボテンをそっと見つめる。
「なぁ、ここは本当に」
サボテンの目(どこにあるかはしらない、というのか元々あるのかも怪しいが)と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「死後の世界なのかよ」
信じられないくらい透き通った空。
誰にも急かされないこの世界。
優しくて暖かくて、刺激もない。
「そうだよ」
「え?」
サボテンから声が聞こえた。
「ここは君の思っている通り、死後の世界だよ」
蕾がくすくすと笑いに合わせて揺れた。
「きれいだと思うか?幸せだと感じるか?」
サボテンの緑が嫌にみずみずしく見えた。そうだ。ここは死後の世界。サボテンが喋ったっておかしくない。
「きれいだと思うね。でも幸せだとは感じない」
僕は正直に答えた。
「幸せじゃないのか?」
小さく頷く。サボテンの全体がゆらゆらと揺れ始めた。
「そうなのか…幸せじゃない。きれいな世界だったとしても幸せとは感じない。それが人間?」
僕はサボテンに少しだけ近づいた。
「…そうかもしれない」
サボテンの揺れが止まった。
「そうか。まぁしょうがないのかもしれない。最近の人間はロボットのようだから」
「そんなこと言ってやるなよ。僕たちだって一生懸命明日を得ようとしてるんだから」
僕からはフッ、とした笑いがこぼれた。
「僕は、無理だったけど」
サボテンはまた、揺れだした。
「殺し合って寿命を奪う…か。くだらないことを考えたもんだね。人間は」
サボテンは笑った。それがわかった。
「死後の世界へようこそ。ここではもう、死なないよ」
僕は大きく頷いた。
「死後の世界がこんなにきれいだってわかってもらえたら、殺し合わないのにね」
「それができたら苦労しないけどな」
サボテンの蕾が少しだけ開いた。
「まぁ、なんだ。ゆっくりしてくれ。ここではなんでもできる。なにかあったら呼んでくれよ」
あぁ、気が向いたらな。
その言葉は言葉にならなかった。
だって、サボテンの揺れが止まってしまったから。
「…元のサボテンに戻った…か」
僕はたちあがり、また空を見つめた。
不思議なことに雲は、どんな世界でも靉靆としていた。
完
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