囨頭憑雲の封印

1/1
前へ
/15ページ
次へ

囨頭憑雲の封印

 賀集丸は自ら誇りと思った文字の変化に戸惑う。身体に刻んだ文字は間違いなくあった。しかし、すべての文字の(かしら)に『不』の文字が憑き、生涯、悪人として生きる道を選んだ賀集丸には屈辱的な文字が並ぶ……。 「不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌、不慳貪、不邪見、恐らく額の瞋恚にも……なんだこれは……おい? 囨頭憑雲……」  侮辱的な文字にわなわな震えながら話しかける屍に問う賀集丸。 「わしが持っていた刀は単なる刀……ではない。名を囨解(へんかい)の刀という。その刀の封印を……解いた。そして……数えておったのは解いた後から……お前がわしの名を呼んだ回数……わしの名前を口から出した……回数じゃ……」 「回数? ど、どういう意味だ?」  意味がわからない賀集丸。 「お前が……わしの名前を……口にする度に……『不』の文字を解放した……そしてその『不』の文字は頭に憑く……わしの名を……思い出せ……賀集丸よ……」  賀集丸は、はっとする。 「囨頭憑雲……あぁ……あぁ……口から出した言葉が頭に憑く……それが『不』……」 「九回……わしの名を口から出す度に……お前の刻印された文字は……変化した。そしてわしから奪った……『殺生』の言葉を刻みこんだ最後に……もう一度わしの名を口から出した……お前の十悪は……見事に『不』により……封印されたのじゃ……」 「あぁ……あぁ……」 「残念じゃの……お前はもう……悪を尽くすことが出来ぬ……お前の身体に封印の文字が刻まれておるからの……わしの本当の目的は……お前を悪ごと封印すること……。それを神に……託されこの命を捧げた……お前は……これから……悪の心を持ったまま……悪行のできない身体として……生きていくのだ……お前にとって……この世は地獄じゃのぉ……悪の快楽を……貪ることのできない、お前にとって憐れな一人のひ弱な人間として……惨めに生きていくだけじゃ……愉快……愉快……」  そう言い残すと屍の口は動かなくなった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加