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※※※
それは高校入学してすぐのことだった。
なぜ私がその時一人で教室にいたのか覚えていない。
その日私は誰もいない教室にいて、落ちていたボロボロのノートを拾ったのだ。
随分と使い込まれた分厚いノート。
誰のものなのかと思い、私は何気なくそのノートを捲った。
それは数学のノートでも英語のノートでも無かった。
そこに描かれていたのは小説だった。恐らく自作の。
――これ、誰かに見られたら恥ずかしくて死にたくなるやつじゃん。
私は少し小馬鹿にして、そしてノートを閉じようとした。
しかし閉じることができなかった。
ノートに描かれていたセリフの美しさ、情景の細やかさに、目を離すことができなかったのだ。ページを捲る手が止まらなかった。
途中から読んだので細かい話はわからないが、どうやら恋愛ファンタジーのようだ。
ここではないどこかで、人ではない生物との人種を超えた交流、そして愛がとても丁寧に描写されていた。
夢中で読んでいたので、私は教室に誰かが入って来たのに気づかなかった。
「な、なにしてんだ!」
急に大きな声をかけられて、私はビクッと飛び上がった。
そこには、同級生の男子、オサダハジメが立っていた。
オサダは、私の方へブンブンと大股で近寄ると、私が読んでいたノートを乱暴に取り上げた。
「あっ!何すんのよ」
「何すんのはこっちのセリフだっ!!」
よく見たら、オサダの顔が真っ赤になっている。
「もしかして、そのノート、オサダの?」
「……」
「え?それオサダが書いたの?」
「うるせぇっ!!」
オサダは私から顔をそらして怒鳴った。
「つーか、勝手に読むんじゃねえよ!」
「それは、ごめんね。でも面白かった。熟読しちゃった」
「お前変態かよ!!」
「なんと!!」
突然の変態呼ばわりに、さすがの私もカチンときた。
「勝手に読んだのは悪かったけど、うら若き女子高生に変態は言い過ぎだと思います!」
「言いすぎじゃねえよ!だいたい、こういうのを人に読まれるの恥ずかしいって分かるだろ?それを面白かったとか熟読したとか……俺を羞恥心で殺す気かよ!」
オサダは真っ赤になって怒鳴る。
まあ、確かにオサダの言うとこも分からなくはない。
「うん、それはごめんって」
とりあえず私は興奮しているオサダを落ち着かせる。
「ごめん、その、別に言いふらしたりとかしないし」
「当たり前だっ!」
「その、面白かったのは本当なんだって。茶化してるわけじゃないんだよ」
私は真剣に言う。
私の真剣さにオサダは少しだけ落ち着いてきたようだ。顔の赤さが少し引いている。
「……でも今読んだのは忘れてくれ」
「え、やだなあ」
「何でだよっ!」
「だって、私その小説のファンになっちゃったもん」
私は正直に言う。
本当に面白かった。オサダはずっと怒鳴ってるけど、とりあえず落ち着いてもらって、そのノート返してもらって続きを読みたい。ううん、初めからゆっくり、腰をおろして読みたい。
私の言葉にオサダはドン引きの顔になった。
「嘘だろ」
「嘘ついてどうすんのよ」
私が真剣なのを見て、オサダは大きなため息をついた。
「勘弁してくれよ」
「何で?あ、これどっかのサイトにアップしてたりしない?ノート渡したくないなら私そこから見るけど」
私の言葉に、オサダは何やら一生懸命に悩んでいるようだった。そして、声を振り絞るように言った。
「このノートにしか書いてない。だから」
オサダは私にはノートを渡してきた。
「絶ッッッ対に誰にも見せんなよ」
私は飛び上がってオサダの手からノートを受け取った。
「やった!ありがとう!全部読んだら感想教えるね!」
「感想とかやめろ!マジで羞恥で死ぬわ!」
オサダはまた叫んだ。
オサダってこんなにうるさいヤツだったんだな、と私はその時思った。
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