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その事件は、寒い日に起こった。
その日、私はいつものようにオサダから小説の続きを貰おうと、校舎裏に向かった。
しかし、待てど暮せどオサダは現れなかった。
連絡してみても既読無視されている。
どうしたんだろうか。具合でも悪くなって帰っちゃったのだろうか。
私は心配になって何度か電話してみたけど、やっぱり連絡は取れなかった。
諦めて帰ろうと、校舎裏から立ち去ろうとした時だった。
「……オサダ?」
校舎裏の隅で小さくしゃがんでいるオサダを見つけた。
よく見たら泣いているようだった。
「え?どうしたの。え、ねえ」
私も恐る恐るしゃがみ込んでオサダに目線を合わせた。
その途端に目に飛び込んできたのは、ボロボロに裂かれた、あの小説のノートだった。
「……オサダ、これ、どうして……」
「……さっき教室で山田に見つかって……馬鹿にされて……クラスの女子にも見せてやろうとか言い出したから無理矢理取り返そうとして揉み合って……」
そう言って、オサダはノートをぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、書いたページ破れて……。バックアップとか無いからさ。今日はお前に続き見せてやれない……」
「山田はどこ?」
「……え?」
「山田、まだ学校にいるの?」
自分でも驚くほどに低い声だった。オサダはそんな私に少し引いていたと思う。
「えっと、多分まだ教室にいると思……」
そこまで聞くと、私は勢いよく教室に向かって駆けていった。
思いっきり、強い音を立てて教室のドアを開けた。
そこには、山田と、数人の友人達がいた。
皆、突然現れた私にポカンとしていた。
「山田、オサダに何したの」
「は?ああ、オサダ?聞いてくれよ、アイツさ、ノートに気持ち悪い小説書いててさ……」
そこまで聞いた瞬間、私は山田の股間を思いっきり蹴り上げていた。
スローモーションのように倒れ込む山田と、心配そうに山田の周りに集まる友人達を確認すると、私はすぐに教室を飛び出した。
オサダの小説は美しいのだ。誰が何と言おうと美しい。
私はまた校舎裏に向かった。よかった、オサダはまだいた。
「お前、何しに行ってたんだよ」
「オサダの小説は気持ち悪くなんかない!私は声を大にして言える!」
私が叫ぶように言うと、慌ててオサダは立ち上がって私の口を塞いだ。
「わ、分かった、分かったから!そんな大きい声出すな」
「だって」
なぜか泣きそうになっている私の肩をポンポンと叩きながら、オサダは笑ってみせた。
「いいんだよ。気持ち悪いって思う人がいるのも当たり前だ。俺の世界は俺だけが好きでいればいい」
「私も好きだよ」
「そうだな、俺とお前だけでいい」
そう言って、オサダは、ボロボロのノートをそっと撫でた。
「テープで直せるかな。一ページずつだから時間かかりそうだ」
「私も手伝うよ。私にとっても大事なノートだから。大事な大事な、運命みたいな小説だから」
「大げさすぎ」
私達は笑った。
テープだらけのノートに綴られた物語は、二冊目、三冊目と続き、四冊目に入ったところで私達は卒業を迎えた。
卒業に合わせて、オサダはその小説を完結させてくれた。
「でも、まだ続くんでしょ?」
「まあな。俺が生きる限り続く」
「いいな、続き読みたいな」
「ダメだ。ここからは俺だけの物語だ」
オサダはきっぱりと言った。
「どうしても読みたかったら、俺を引きずり出してみろよ」
「引きずり出す?」
「お前が小説家になったら、俺の名前出すんだろ?」
オサダはニヤニヤと笑った。
「ま、無理だろな。小説家になるのも、なったとしても俺の名前出すのなんて絶対無理だろ。だから、ここから先は俺だけのものだ」
「そんな」
私は不貞腐れた。
でも、確かにオサダの言う通り、小説家になるなんて無理な気がした。でも万が一、億が一、小説家になれたなら、絶対にオサダの鼻を明かしてやろう。
私はそう決心した。
卒業の桜が、強く舞い踊った。
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