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優しい"呪いの人形"
私が子供の頃に両親が死んだ。大型のトラックに轢かれて即死だったらしい。血が地面を濡らしており、肉体は原型を一切留めないほど押し潰されていたそうだ。
『ごめんなさい。言葉の違う国への少し長い仕事だから紬、貴方を連れていけないの。けれど、いつでも貴方を愛してるわ』
『これでよしっと。うちに伝わるまじないだ。俺たちがいない間はその人形が紬を守ってくれるからおじいちゃんの家でいい子で待ってるんだぞ』
そういって私とお父さん、お母さんの三人で”いつでも家族一緒”と願い込めた手作りのお守りを首から下げたお人形を私は受け取り両親を見送った。
『うん! いい子にして待ってる! いってらっしゃい!」
―――それが文字通り、最期の見送りになるとはその時の私は想像することも出来なかった。しばらく現実を受け入れられずいつか"ただいま"と言って両親が帰ってくるのではないかと玄関で待ち続けた。
二人の死から立ち直るのはとても時間がかかったけれど、それでもあの”いつでも家族一緒”とおなじないを三人でした時のことをお人形を見るたびに思い出し、頑張ってこれた。
(……お父さん、お母さん。私ももうすぐ会いにいけそうです)
それから何十年も経ち、私は息子や孫に見守られながらもうすぐ天に召される。その傍には随分と年季が入ったあの時から私を守ってきてくれたお人形があった。なんども解れた個所を手直しして綺麗にし、大切に扱ってきた。
『お婆ちゃん! 気味が悪いからその人形捨ててよ! そんなに執着してるの見ると、なんか呪われそうで嫌だなんだよね』
けれど孫の一人から”呪われた人形”と言われたこともある。けれどその通りだなとも思ったが手放せなかった。まじないとは”呪い”と書く。本当によくできた言葉だと思った。
(―――この子と一緒に)
私は死んだらこのお人形も一緒に棺に入れて燃やしてほしいと伝えてある。―――だからきっと天国ではまた再会できるはずだと自分に言い聞かす。私の呪いのようなあの日に言えなかった言葉を伝えたいという願いも叶うと信じて……、意識は無へと消えた。
「つむぎ? ―――っ! つむぎ!!!」
「本当に紬なのか!?」
けれど、遠くから私を呼ぶ懐かしい声が聞こえて意識が浮上して目を開けるといつの間にか草原に立っており、私を見つけたあの頃のままのお父さんとお母さんが駆け寄ってきてくれた。
「え、お母さん? それにお父さんも……」
「紬っ! 本当に、ほんとうに会いたかったわ!」
天国、にしては私に抱き着いた二人の体温や心臓の鼓動が感じられ、不思議に思い尋ねるとここは異世界というものらしい。二人は異世界転移という事象に巻き込まれ生きていたのだ。
「……おかえり……なさい。……やっと、―――言えた」
「ただいま、と言っていいかわからないが―――”ただいま”、ずいぶんと待たせてすまなかった」
「―――ただいま、紬。こんなによぼよぼになって……」
時間の捻れで両親とは年齢が逆転し、私の余命も少ないという状況だが、どうやら神様の計らいか私の時間は死ぬ少し前まで戻して貰えていたようだ。体の調子からあと数年は生きられそうだった。
その時間を大切にして"いつでも家族一緒"を今度は私が死ぬまで果たそうと思う。親不孝だとは思うが、そこは私が寿命を迎える最期まで紡いできた人生を語るので許して欲しい。
呪いの人形、それは捨てても捨てても持ち主のところに戻ってくるという。もしかしたら三人でしたおまじないを果たすために、一緒に燃やされたあのお人形が私たちを再会させてくれたのかもしれない。
あのお人形もこの世界に来ているのだろうか? もし、再びあの子とも出会えたならありがとうと感謝を伝えたい。───そして今度は両親と、私の代わりにいてあげて欲しいと願う。
お人形は"ただいま"と言ってくれるかわからないが、私はあの子のためにも"おかえりなさい"を用意してその時が来るのを待ち続ける。
あの子も"家族"だから。奇跡は何度でも起こると信じて。
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