リン 9

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 「…私が、羨ましい?…」  私は、繰り返した…  そして、考えた…  目の前の夫を見て、考えた…  夫の葉尊は、長身で、容姿端麗…  頭もよく、大金持ちの、御曹司…  にもかかわらず、私が、羨ましいと言う…  冗談ではなく、心の底から、言う…  これは、謎…  この矢田には、解けぬ謎だった…  なぜなら、この矢田は、六頭身…  美人でも、なんでもない…  巨乳で、童顔の159㎝の35歳の女に過ぎんからだ…  しかも、これまで、一度も言ったことがないが、かつて、  「…動くぬいぐるみ…」  と、言われたことがある(涙)…  それは、私が、六頭身で、太っているから…  いわゆるデブではないが、巨乳だから、だ…  ハッキリ言って、日本人、いや、アジア人で、太ってなくて、胸が、大きな女性は、いない…  いわゆるスレンダーで、胸が、大きな女は、いない…  いるとすれば、それは、整形…  豊胸手術をしたから、胸が、大きいのだ…  しかしながら、この矢田トモコ…  豊胸手術は、しなくても、胸が大きかった…  つまり、生まれつき、胸が大きかったわけだ…  それゆえ、少しばかり、太っている…  いわゆる、ぽっちゃり体形だ…  だから、胸が大きいのだ…  だから、  「…まるで、生きている、ぬいぐるみみたい…」  と、言われたのだ…  そして、そんな、この矢田を、頭脳明晰、容姿端麗で、大金持ちのお坊ちゃんが、羨ましいという…  冗談ではなく、心の底から、羨ましいという…  だから、信じられん…  信じられんのだ(笑)…  が、  その一方で、世の中、そんなものかも、しれんとも、思った…  よくあるのが、やはり、ルックス…  例えば、いかに、金持ちの家に生まれようが、ルックスの良くない、男女は、多い…  すると、金持ちの家に生まれなくても、いいから、  「…ルックスが、良く生まれたかった…」  とか、 「…美人に生まれたかった…」 とか、  「…イケメンに生まれたかった…」  と、いう人間が、少なからず、いるだろう…  ないものねだりと、言ってしまえば、それまでだが、自分にないものを、欲しがる人間は、多い…  誰もが、身近なところでは、背の高い男が、小柄な女と、結婚した実例…  背の高い男は、自分が、背が高いから、小柄な女を、可愛いと、思い、小柄な女は、自分の背が低いから、背の高い男に憧れる…  つまり、互いに自分にないものに、魅力を感じる…  そういうことだ(笑)…  真逆に、背の低い男が、背の高い女に憧れるのも、同じ…  背の低い男は、自分が、背が低いから、背の高い女に憧れるし、背の高い女は、背の高いことに、コンプレックスを抱いていることが、多いから、自分より、背が低い男を受け入れる…  そういうことだ…  これも、また、同じ…  同じだ…  ただ、皮肉を言うわけでは、決してないが、背の高い女は、可愛くはない…  なぜなら、当たり前だが、背の高い女は、カラダが大きいから、一つ一つのパーツが、大きい…  だから、身近に、見ると、手の大きさ、一つとっても、デカい(笑)…  だから、可愛くは、ない…  可愛い=小さいからだ…  この矢田は、身長、159㎝だから、165㎝以上の女を、直近に見ると、正直、デカいと、感じる…  とりわけ、その女が、美人だったり、スタイルが、良かったりすると、つい、男の気持ちになる…  なぜなら、男が、憧れる気持ちがよくわかるからだ…  ただし、やはり、近くで、見ると、可愛くは、ない…  今も言ったように、可愛い=小さいからだ…  だから、大きい=可愛くないからだ…  たしかに、少し離れた場所から、見ると、背が高く、スタイルの良い女は、キレイだったり、カッコイイと、思ったり、するが、直近で見ると、  …デカい!…  の一言だ…  これが、女が、水着を、着ていても、同じ…  少し離れた場所から、見れば、胸も大きく、お尻も大きく、スタイル抜群…  だから、  …カッコイイ!…  とか、  …セクシー…  とか、言えるが、直近で見れば、  …デカい!…  の一言…  以前、エリエール王子こと、井川意高氏が、いみじくも、語ったが、若い頃に、身長175㎝の東欧美女と、付き合かったが、ベッドの上では、  …重い!…  の一言だったという(笑)…  自分も身長が、175㎝で、女と同身長だったが、やはり、ベッドの上では、相手が、重かったそうだ…  つまり、現実と、理想の違いというと、おおげさだが、やはり、現実は、そんなものだろう…  私は、思った…  思ったのだ…  そして、そんなことを、考えていると、葉尊が、  「…父も勝負に出たな…」  と、呟いた…  私は、思わず、耳を疑った…  …勝負?…  …勝負って、なんだ?  考えた…  考えたのだ…  しかしながら、当たり前だが、わからんかった…  だから、素直に、目の前の葉尊に、  「…勝負って、なんだ?…」  と、聞いた…  直球に聞いた…  「…リンの正体ですよ…」  「…リンの正体?…」  「…リンは、台湾で、おそらく、今、一番有名です…ですが、色々、噂の多い、人物でも、あります…」  「…噂の多い人物?…」  「…C国のスパイとも、政界や財界の枕とも、言われています…」  以前、葉問が、言ったことと、同じことを、言った…  「…でも、それが、かえって、リンの魅力になっている…」  「…なんだと? 魅力になっているだと?…どうしてだ?…」  「…男でも、女でも、謎があった方が、モテます…ずばり、ミステリアスの方が、モテます…」  「…なんだと?…」  「…女の裸を見れば。それが、わかります…」  「…どういう意味だ?…」  「…良く、一昔前は、グラビアで、水着を見せていたアイドルが、売れなくなって、ヌード写真集を出したでしょ?…」  「…それが、どうした?…」  「…実は、ヌード写真を出すと、話題になるのは、最初だけで、それを、きっかけに、さらに、売れなくなる事例が、多いんです…」  「…多い?…どうしてだ?…」  「…すべて、見せたからでしょう…」  「…どういうことだ?…」  「…水着を着ていれば、その水着の奥は、見えない…想像するしかない…」  葉尊が、笑う…  私の夫が笑う…    「…でも、脱いで、裸になってしまえば、それまで…読者は、すべてを、見たから、今さら、見たいものが、なにも、なくなる…」  「…」  「…リンもそれと、同じです…自分が、色々噂を立てられていることが、自分でも、よくわかっている…そして、それを、利用している…」  「…利用?…」  「…ホントのところは、どうなんですか?  と、知りたい男は、多い…それを、ネタにして、自分の人気に使っている…自分の人気をさらに、高めている…」  「…」  「…実に、したたかな女です…」  葉尊が、言った…  私の夫が言った…  正直、そんなことは、考えたことが、なかった…  私は、単純に、リンという女が、  …C国のスパイ…  とか、  …政界や財界の枕…  とか、評されることに、驚いていた…  ただ、驚いていたのだ…  しかしながら、今、葉尊が、言ったように、それを、自分の魅力にする…  そんな噂を逆手に取って、世間で、自分に注目を浴びさせる…  そんな発想は、なかった…  なかったのだ…  そして、同時に、思った…  アムンゼンのことだ…  あのアラブの至宝のことだ…  あのアラブの至宝は、リンに夢中…  あのアラブの至宝の博物館のような私邸に、リンを描いた絵を描いていた…  偶像崇拝を禁止する、イスラム教徒だから、直接、リンの写真を飾ることは、できない…  だから、壁に、絵を描いた…  誰が、見ても、一目で、わかるように、リンを彷彿させる絵を壁に描いた…  まるで、天女のように、描いた…  それを、一目見れば、誰もが、この家の主は、リンに夢中だと、気付くように、描いた…  リンのファンだと、わかるように、描いた…  描いたのだ…  が、  しかしながら、これは、真逆に、言えば、わかりやす過ぎる…  なにしろ、一目見れば、リンとわかる絵を描いているのだ…  誰が、見ても、台湾の人気チアガールとわかる絵を描いているのだ…  あのリンを知っている者が、見れば、誰でも、わかる絵を描いているのだ…  いわば、露骨過ぎるのだ…  だから、もしや…  これは、罠…  あのアムンゼンの仕掛けた罠かも、しれんと、気付いた…  なにしろ、あのアムンゼンは、食わせ者…  一筋縄では、いかん…  真逆に言えば、一筋縄で、いく人間が、素直に、自分の感情を、周囲に明かすわけがない…  ホントの自分の感情は、隠すものだからだ…  なにを考えているか、わからないように、周囲には、隠すものだからだ…  それが、誰の目にも、わかりやすいように、リンの絵を描く…  ということは、どうだ?  やはり、罠?…  あの絵は、周囲の目を欺く罠かもしれんと、気付いた…  気付いたのだ…  なにしろ、あのアムンゼンは、普通ではない…  普通の人間ではない…  ホントは、30歳にも、かかわらず、小人症だから、外見は、3歳にしか、見えん…  それを、逆手に取って、セレブの子弟の通う、日本の保育園に身を隠した…  自分が、3歳の幼児にしか、見えんことを利用したのだ…  しかしながら、30歳の大人が、3歳の保育園児に交じって、生活することは、できない…  頭が違い過ぎるからだ…  年齢が、違うから、人生経験が、違い過ぎるからだ…  だから、できない…  普通は、誰が、考えても、いっしょにいることに、耐えられない…  3歳と30歳の大人が、同じ立場で、いっしょにいることは、普通はできないからだ…  だが、  あのアムンゼンは、それに耐えた…  その一事を持っても、あのアムンゼンは、普通ではない…  普通の人間ではない…  常人なら、決して耐えられないことを、耐える…  それは、並大抵の精神力の持ち主でなければ、できないからだ…  そして、そんな精神力を持つ、あのアムンゼンが、素直に、自分が、リンのファンだから、自宅にリンの絵を描かせたと、言っても、それを、信じることはできん…  正直に言って、その説明は、眉唾物…  到底、信じることは、できん…  できんのだ…  私は、あらためて、あのアムンゼンに疑問を感じた…  正直、アムンゼンを疑った…                <続く>
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