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懸念していた事が何も起こらないまま、数ヶ月が過ぎていた。
季節は梅雨。降ったり降らなかったり、天気予報士を悩ませる時期になっていた。
その日私は、大切な会議があって、急いで家を飛び出していた。そこで急な雨にあたり、私は慌てて部屋に戻った。傘を手に外に出る。
その時、ふと気づく。今のもカウントされるのかと――
瞬時に青ざめるも、戻る勇気はなく私はそのまま会社に向かった。
半ば上の空のまま会議を過ごし、仕事も手付かずで終えると、私は恐々と自宅に戻ってきた。
鍵を入れ、ゆっくり回す。ドアも同様に恐る恐る開いた。
いつもと変わらない薄暗い廊下が現れ、奥の部屋に続いている。これ以上の罪を重ねまいと、私は「ただいま」といつもより大きめの声で言った。
それからパンプスを脱いで、冷たい廊下を歩く。その先の部屋に足を踏み入れた途端――私は絶句した。
ダイニングテーブルの椅子に腰掛ける女の姿を見つけたからだ。
長い髪に白いワンピース姿からしてまさしく、かの有名な幽霊としか思えなかった。
「だ、誰?」
私は咄嗟に踵を返そうとして、右足を引いた。
「……約束」
「え?」
「約束、破ったでしょ」
途端に座っていたはずの女が私の目の前に現れ、気づいた時にはその冷たい両手が私の首を掴んでいた。恨めしげな目の下には黒い隈がある。
苦しいと思いながらも、彼女の目浮かぶ涙が気になっていた。
もしかして、この人も男に捨てられたのだろうか。帰ってくると約束をしていたのに帰ってこなくて……その怨念がこの場に留まってしまい、ただいまと言う事で男の代わりとなり、怒りを鎮めていたということなのだろうか。私はそんな事を薄れゆく意識の中で、走馬灯代わりのように考えていた。
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