ただいまの代わりに

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「その彼は今何をしてるの? どうして貴女は……死んだの?」  聞きづらい問いをあえてする。気になるものは気になるからだ。彼女は彼については分からないと、首を横に振ってから「病気」とだけ言った。 「今もその彼は生きてるの? 何年前の話?」 「確か……十年ぐらい前かな」  今の西暦より十個前の年を言うと、彼女が頷く。ということは彼は生きている可能性が高そうだ。ただ、十年前となると見つけるのは相当難しそうだった。 「彼の特徴教えて」  私はビジネス鞄からスケジュール帳を取り出す。ペンを手に取ると、憤りを堪えながら彼女の目を強く見た。 「こう見えて絵が得意だから」  高校時代は美術部でそれなりに描ける方だった。本当は絵に関わる職に就きたかったけれど、そうもいかずに今は普通の飲料会社の企画部をやっていた。  彼女は「え、すごい」と目を見開き、それからうーんと唸った。 「普通の男性だったし、特徴なんて……その辺にいそうな平凡タイプ」 「だったら名前は? さすがに変わってないと思うし」  今はネットで検索すれば繋がれる可能性がある。同郷の人からコンタクトを取ることは可能なはずだ。 「菊池……宗吾」  私の手が止まる。どこかで聞き覚えのある名前だった。もしかして、と思い、私は慌てて名刺ケースを鞄から取り出す。それから一枚一枚乱雑に見ては机に投げ出した。 「やっぱり!」  私は一枚の名刺を彼女に見せる。 「この人じゃない?」  彼女は驚いたように私と名刺を交互に見た。  犯人はこの部屋を執拗に進めた、あの不動産屋だった。
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