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すまない、後でかけなおす。
失礼しました、ミセス・クレイトンですか。はじめまして。どうぞこちらへ。そこへ掛けて。
ミセス・クレイトン。心からお悔やみを申し上げます。今夜、あなたを襲った悲劇に、どんな慰めの言葉をかけるべきかわからない。息子を失う悲しみなど私には到底おもい及ばない。
ミセス・クレイトン、どうか、もう泣かないでください。私たちはベストを尽くしました。全員が最大限の努力をしました。そして、今ここにいるのです。
ええ、気持ちはわかります。ですが、遺体は見ないほうがいい。
そうですね、あなたの言うとおりだ。こんなことを神が許すだなんて。それでも、二十二口径を正面から撃ちこむような人間がこの世にはいるのです。本当に残酷な世界だ。
ですが、ミセス・クレイトン、いえ、クレア。あなたの息子ウィルは、いまは天使たちに囲まれています。父なる神から新たな肉体をいただき、天上から私たちを見守っているのです。あなたが、もう一度立ち上がろうとする姿をきっと天国から見ているはずだ。そうでしょう。だから、しっかりしなくては。
クレア、いまから大事な話をします。よく聞いてください。
ウィルは神のもとに召された。それだけじゃない。彼はこの世界に光をもたらす存在になれます。
ウィルを撃った銃は小さなものでした。弾丸は正面から斜め上へと放たれ、大脳のほとんどを吹っ飛ばしてしまった。ですが、脳幹という部位は損傷をまぬがれたのです。
ああ、クレア。しっかりして。大丈夫ですか。すみません、こんな話は私も心苦しいのです。あなたを悲しませたくはない。ウィルは、本当にいい青年だった。だからこそ、彼の生きた証をこの世に残さなければ。
いま隣りの病棟には移植をまっている少女がいます。彼女はまだ一七歳だ。
このあとウィルの身体は検死へとまわされます。そこで肉体はバラバラにされてしまうのです。ただし、検視官が来る前にサインがあれば臓器提供のほうが優先される。ウィルの死が無駄ではなくなるのです。
しっかりしなさい、クレア。あなたが泣くことをウィルが望んでいると思いますか。私にはわかります。ウィルはあなたの決断を望んでいる。彼の歩いた人生を、生きた証を残してくるようにと望んでいるはずです。私にはわかるのです。
私は信じていることがあります。善なる行動にはそれに釣り合う見返りが必ずあるということです、とくにこの国では。この意味がわかりますか。あなたの行動に見合う施しは必ずあるのです。
ええ、なんでも聞いてください。ただし、時間はありません。それだけは心に留めておいてください。
ええ、そうです。残念ですが、意識が戻ることはありません。ウィルは至近距離から銃弾を受け、心臓と呼吸の機能だけを残して脳は吹き飛んでしまった。
そうです。いますぐ決断すれば、一人の少女が助かります。他にも何人かが救われることでしょう。
ええ、あなたの気持ちはわかります。ですが、ウィルはなにを望んでいるでしょう。彼は天に召されながら、それでもなお、この地上に自分の価値を残したいと願っているのではありませんか。
はい、私は信じています。あなたの行いに報いる者が必ず現れる、と。
さあ、クレア。決断の時です。彼の精神をより高みへと導けるのは他でもない、あなただけなのですよ。
ありがとう、クレア。よく決心してくれました。誰かを救おうとするあなたの勇気に私は感動しました。それではここにサインを。ああ、これで大丈夫。クレア、本当にありがとう。この感動を表す方法が思いつかない。せめてこれを。
いいですか、間違えないでください。この小切手はあなたの勇気を讃えるものだ。これを使って、どこか遠くの街へ移るといい。そして新しい人生を手に入れなさい。
私はここで失礼します。病院と話をしなければ。いえ、私は医者ではありませんよ。代理人です。それではクレア、お元気で。
ハロー。ああ、ぜんぶ終わった。そっちもご苦労だったな。わかってる。いつも通り、紙袋に入れてサンタマリア通りのベンチの下に置いておく。今回はいつもより多く入っているぞ。金持ちの依頼人が娘のためにはずんでくれたからな。なに、弾丸の費用だと? そんなものでケチケチするなよ。二十二口径の弾なんて五〇セントかそこらじゃないか。わかった、わかった、それじゃあ、もう三ドル足してやる。それでいいだろう。この強欲め、ろくな死に方しないぞ。なんだと、俺のほうが強欲だって? なに言ってやがる。俺は「救いの御使い」と呼ばれているのに。
(了)
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