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その後私はやっぱり父を離すことに躊躇いを感じて、翌日も、その次の日も、今日は帰ると言う父を引き留めた。仕事はうちから行けばいいよと言うと、そうだねと父も私の言う通りにしてくれた。少しずつ父のものが増えていき、気づけば一緒に住んでいるような環境になった。「ただいま」と仕事から帰れば父が待っていて、父がスーツ姿で帰ってくると「おかえり」と言える。ただそれだけのことでも私にとっては生活を彩る瞬間だった。
時間があると二人で出掛けるのだが、車を持っている父は私に気を遣ってなるべく人のいない静かな場所に連れて行ってくれる。大学の友だちや仕事場の人たちからは「最近生き生きしてるね」と言われるほど、気持ちは浮かれていた。父に会えたからもうアイドルを続ける意味は正直ない。でもプロデューサーは「今の七瀬凛は最高だよ!」とよく言ってくれるから、辞めるなんて言い出せなかった。それに何より父が仕事を頑張る私を褒めてくれるから、このまま可愛くキラキラした自分でいる方が父を幻滅させなくていいとも思っていた。
「凛華は彼氏、いないの?」
潮風が心地よい堤防で二人、足を投げ出しゆっくりしていた時、父が言った。
「いないよ。あんまり欲しいとも思わないかな」
正直なところ、私は父と離れ離れになってから酷く落ち込んだ。父に会いたくて、父ともう一度話したくて、仕方がなかった。しばらくの間は学校にも行けなかったほど苦しい日々を過ごしていた。だけどある時から私は父にまた会えると信じることにした。告白されることは何度もあったけど、誰かと付き合っても父がいなくなった心の穴は誰にも埋められないとわかっていたから全て断ってきた。
「あっ、でも今はお父さんが彼氏みたいだね」
昔はよく「お父さんと結婚する」と言っていたような気がする。今の私は言った直後に酷く後悔した。一気に顔が熱くなったのを感じたからだ。誤魔化すように父から目を逸らして、私は風に乱される前髪をなおそうとした。
「ははは、そうだね」
父は声を上げて笑った。昔よりも断然に増えただろう皺が一気に深くなる。少し長い癖毛が海風に弄ばれて踊る。なんとも楽しそうだった。
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