お父さん

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「……お父さんはあなたが小学生の時、事故で死んだの。あなたも知ってるはずよ? お願いだからわかってよ」  震える母の声を聞いて、全てを思い出した。  そうだ。父は車に轢かれて死んだんだ。  母と離婚して家を出て行った三日後の夜。珍しくお酒を飲んで歩いていたところを。  走ってくる車に正面からぶつかったのか、識別できないくらい顔が潰れてしまったため、その死に顔を見ることは叶わなかった。私の記憶にいる最後の父は、家を出て行く時振り返って悲しそうな顔をしていた。泣きじゃくる私に何も言わず、父は静かに出て行った。  それなのに。あんな死に方をするなんて。  もう二度と父に会えない現実。七歳の私にはそれを受け入れることが到底できなかった。  だから私は信じることにしたのだ。父はまだ生きているかもしれないと。  そう考えるようになっていつの間にか、父が死んだ現実を忘れていた。  でも大人になった今ならわかる。白い布に覆われベッドに横たわる体。箱の周りを飾った花。ポツンと置かれた父の笑った顔写真。黒い服を着て涙を拭う人たち。後悔に苛まれ少しの間魂が抜けたように動けなかった、母。全てがフラッシュバックのように頭の中に映し出された。  父はもう、この世にはいない。  と、その時。ガチャっと言う玄関の扉が開く音が聞こえた。それに驚いて私は耳に当てていたスマホを落としてしまった。通話終了ボタンがどこかにあたり、電話は切れた。動揺で頭の中がぐしゃぐしゃのままスマホをポケットに仕舞う。私のいるリビングに通ずる扉が開かれた。
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