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菫と、シュークリーム、あるいはパンケーキ
四角い窓に切り取られた景色には、濃い灰色の雲が乗っかっている。
よっこらせ、という具合に、重たげに。それは一枚の板のように四方へどこまでも続いていて、今にも落ちてきて、街も学校も、誰も彼も、ひとつ残らず押しつぶされてしまいそうだと思った。
落ちてくればいいのに、と思った。
なにもかもが等しく、厚く重い夏の雲の下敷きになり、真綿に絞められるようにゆるゆると窒息してしまえばいい。別に死にたいわけでも世界が滅んでほしいわけでもないけれど、今この瞬間のできごとは全部、そうやってなかったことになってしまえばいいのに。
私はすこし前から、廊下の窓枠に頬杖をついて目線を下に遣り、中庭で繰り広げられている光景を眺めている。瞳に映っているのは、青々とした葉が茂るソメイヨシノの木、それに、ひと組の男子生徒と女子生徒。
女子生徒の制服のスカートの裾は校則通りの膝上丈を律儀に守っている私よりもだいぶ短いところで風に揺られている。
うっすら日に焼けた太ももが半分以上露わになっていて、健康的で肉感的だ。伏し目がちな男子生徒の視線はもしかしたら、私同様に彼女の太ももを向いているのかもしれない、なんて考えて嫌気がさした。
「その木の下ですきな人に告白すると恋は成就する」なんて嘘か誠かも出所も不明な伝説が代々受け継がれているソメイヨシノの傍で、今まさに告白に臨んでいるらしき少女と、告白を受ける少年。
しかし、くだらない伝説などに縋らなくとも、あの男子生徒が告白を受け入れることは明白だった。
なんたって、奴は、どうしようもない色狂いの女たらしなのである。
今だって、そう、悩ましげに眉根を寄せて、かたちの良い上唇と下唇の間から薔薇の香りのしそうな溜め息を吐き出しているが。実際のところ、思わぬ告白に悩んでいるわけでも困っているわけでもなく、奴は、なにも考えてはいない。たぶん。絶対に。
けれど、ふりですらあの少年は驚くほどにさまになる。美しいので。なんといっても、少年は——嵐は、美しい。しかし、いや、だからこそ、女たらしなのである。ああ。いくら嘆いても変わらない、せかいの真理だ。
ふいに強い風が吹き、私は頬に垂らした長い髪を押さえつけた。同じタイミングで、嵐も、目にかかるほどの前髪を細長い指でなでつけていた。風は一瞬で通り過ぎてゆく。
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