菫と、一杯のシャンパン

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 太宰の『人間失格』で、主人公の葉蔵は人間の営みというものが何もわからず、ひたすらに道化を演じる少年だった。〈ひとの皮を被った猿〉という表現があった。私は黄ばんだ古書の読みづらい小さな文字で書かれたその一節を、ことあるごとに反芻する。  私は大人の女性の皮をかぶり、大人の女性を演じているだけの、べつのなにかだ。  化粧の仕方をおぼえ、衣服と装飾品で身を小綺麗に見せるすべを身につけても、私の子宮は血を流さないし排卵もしない。  生理痛がほかの腹痛とどう違うかを知らないし、月経前症候群なんてものとも無縁だ。多くの女性にとって、いくら煩わしくとも生きるうえではけして切り離せないそれらが、私には永遠に手の届かない星のまたたきのように思えた。  手を伸ばしても届かないそれらを、私はすでに手にしていて、当たり前に服の下に忍ばせているような顔をして生きている。  嵐は、私の不完全な言葉を、瞬時に、すべて正しく理解したらしい。嵐の瞳のなかの星が、最も近くにある、私には手に入れることのできないきらめきだった。 「ずっと、菫が大人になるのを、待ってた。無垢で綺麗なままの菫を、まっすぐに伸びた花の茎を、かたい蕾を、手折らないように、潰さないように。汚さないように。ずっと」  涙の軌跡を指先が辿る。雫を掬いあげる。 「ずっと隣を歩いてきたはずなのに、どうしてこうも、違ってしまったんだろうね」  誰を責めるわけでなく、現実を嘆くわけでもなく。ただただぽつぽつと雫を落とすように、科白は私たちのあいだを彷徨い、儚く消えていく。 「ただ、ずっと一緒にいたかっただけなのに」  おそらく、互いが恋愛感情を抱いた時点で、似ているようで真逆の私たちは、成長の速度があまりにも違った私たちは、一緒にいられるわけがなかったのだ。  同じ速度で歩けない私たちが、同じ温度で溶け合うことなど、できるはずがなかった。  ほんとうは、かつて、想像してみたことがある。  ほかのおんなと一緒くたにして私を抱くことのなかった高校生の嵐に、抱かれること。  生殖機能が不完全でも、性欲というものはきちんと私の内部で生まれていたらしい。知らないおんなの匂いを漂わせる嵐の手の浮き出た血管や喉仏、そういう異性らしさを感じた際に、ときたま腹の奥でむず痒く蠢く、微かな衝動。
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