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都心の一等地。背の高い重厚なビルとビルの狭間に縮こまるようにして建っている、三階建ての小さな建物。一階は母と息子が営むジュエリーショップで、二階が喫茶店、三階は空きテナントだ。
一階に挨拶をしてから、二階の喫茶店に続く階段を登った。
入口扉を開くと可愛らしい鈴の音が鳴る。開店前の店内では、線の細い紳士然とした老人がカウンター席の椅子に座っていたけれど、私に気づき腰をあげた。
顔いっぱい、縦に横にいくつも刻まれた皺のひとつひとつがさらに深くなり、優しくほころんだ。朔郎さんや彼の母のように優しいひとの周りには、優しいひとが集まるのだろうか。
「あなたが、胡桃沢さんのおぼっちゃんの?」
胡桃沢、は朔郎さんの苗字だ。そしてもうすぐ、私の苗字になる。
「はい。菫と申します」
「菫さん。いい名前だね。そういえばもう、すっかり春になったね」
「そうですね」
喫茶店の窓が切り取った外の風景の端っこで、街路樹のハナミズキの枝いっぱいに、小さな白い花が咲いている。
了
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