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嵐がなにか言った。女子生徒の目が見開かれた。
その少女はどちらかといえば小柄で、小さな目がくりっとしていて、パーマなのか癖毛なのかわからないけれどゆるやかに波打つ髪は肩の上で跳ね上がっている。健康的に日焼けした脚も相俟って、活発な小動物のようだ。
どちらかというと背が高いほうで、目がおおきくて鋭くて、まっすぐな髪を腰まで垂らした私とは正反対、x y軸上で原点0から対称移動させたかのように。
私はひそやかに溜め息を吐いた。やっぱり嵐は、断らないのだな。あの小動物的な女の子の、名前すらきっと、知らないくせに。
空はほんの数分前よりもさらに、灰色が濃縮されている。いまにも雨粒を零してしまいそうな暗い雲。そういえば台風が近付いているらしいと、今朝のニュース番組で綺麗な女性のお天気キャスターが言っていたことを思い出す。
「あらしが、来れば、いいのに」
呟けば、瞳のまんなかで嵐がこちらを見上げた。ずっと私が見ているのをわかっていたように、まっすぐに。そして、悩ましげなふりで目を細めた。
ところで、私は甘いものが大の好物である。
帰宅部筆頭である私の放課後の楽しみと言えば、もっぱら、幼馴染と駅ビル一階のスイーツコーナーを眺めてはあれがいいこれがいいと品定めをしたり、ケーキとあまあい飲み物がおいしいカフェでお茶をしたり、団子屋でみたらし団子を一本ずつ買って歩きながら食べたり。
あるいは、駄菓子屋で、百円以内でどれほど充実したお菓子を買えるかを競ったり。甘い菓子を眺めながら、頬張りながら、私と幼馴染はさまざまな話をする。学校のこと、進路のこと(なにしろ私たちは高校三年生だ)、他にもいろいろなことを、時に笑い転げながら、時に頬がくっつくほど顔を寄せ合って、ひそひそ話をするように。
しかし今日は幼馴染のほうに用事があるはずなので、ひとりきりで帰宅しようと、生徒玄関にて靴箱から焦げ茶色のローファーを取り出したとき。
「すう。一緒にかえろう」
じんわりと空気に溶けるような、柔らかで心地のよい声が私を呼び止めた。
嵐だった。
綺麗な顔を綺麗に歪ませて笑っている。頬に浮かんだえくぼ。その凹凸はどこか幼く、親しげな陰影を作っているので、少しだけ触れたいと思った。ほんとうに少しだけ。
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