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小麦色のプレーンと、薄桃色のルビーチョコレートの二種類が並べられているので、プレーンのほうをとって、真ん中から半分に割り、傍らに置かれたクロテッドクリームといちごジャムをたっぷり塗りつけ、口に運ぶ。ぎゅっと詰まったスコーン生地と濃厚なクリームが口腔で混ざり合ってほぐれ、いちごジャムの酸味と甘味がふわりと包む。
「スコーン、どう?」
「おいしい。クロテッドクリームってすごい贅沢な味がするよね」
なんて答えると菫は神妙に頷いて、ルビーチョコレートのスコーンのほうを右手で掴んだ。シャンデリアの光を白い甲が反射する。薬指に嵌められた華奢なシルバーのリングが、光を集めて自己主張するように輝いている。
「菫ちゃん、指輪、新しいやつ?」
「このまえもらったの」
「かわいいね。いつもだけど、菫ちゃんによく似合う」
「ありがとう」
おどけた菫が、芸能人の結婚記者会見のように手の甲を顔の横にもってきて、その輝きをこちらにしっかりと見せつける。
「お互い、付き合い長いよね」
「そうだね。なんだかびっくりしちゃう」
「朔郎さん、元気?」
「変わらず。最近は特に忙しそう」
「そっか。たいへんだね」
菫には、大学生の頃から付き合っている恋人がいる。
朔郎さん、という名前のそのひとに、私も会ったことがある。私たちのふたつ年上で、柔らかな敬語で話す、柔らかな目許が印象的な男性だ。その彼から贈られた指輪が、数年前から常に、菫の綺麗な手に輝きを添えている。
「嵐は」
菫がぽつりと言った。小さな声はひっそりと大理石のテーブルに落ちて、弾まずに空気に霧消していく。
「嵐は、元気?」
感情の伴わない、そっけない声音。菫は会うたびに同じ質問をする。同じ温度の、同じ声音で。
「元気元気」
対して、私はいつも、必要以上に明るい声で答えるようにしている。
「ちゃんと食べてる? 痩せてない?」
「嫉妬しちゃうくらい健康体だよ」
「それなら、よかった」
目を伏せた菫は、きっと、嵐のことを思い浮かべているのだろう。
ちりちりと胸の底が焦げ付くようだった。そうさせるのは、罪悪感、嫉妬、哀切。どれによるものなのかは判別がつかない。
けれど、堪らない気持ちになる。
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